韓国の歴史教科書の虚構
投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2008/12/18 22:08 投稿番号: [46169 / 73791]
投稿者:拓
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李朝は清朝や江戸時代と異なり、技術革新を嫌い、低レベルの実物経済で500年もの統治を可能にしたのであり、どこに似ているかといえば、いまの北朝鮮に似ている。19世紀初めの朝鮮の儒者が、「(我が国の拙(つたな)きところ)針なし、羊なし、車なし」(鄭東●『晝永編』)といっている。
針は粗雑なものがあったが、ちゃんと縫うには中国から針を買わねばならなかった。当時の中国針は優秀で、日本も輸入している。羊はモンゴルに征服された高麗にはいたが、いつの間にか滅びた。車は西洋文化が流入するまではない。木を曲げる技術がなかったからである。だから李朝には樽(たる)もない。液体を遠方に運ぶことすらできなかった。かつて日本が保護したとき、韓国はそのような国であった。
≪歴史教科書にも国内批判≫
韓国の歴史教科書について、最近では韓国の学者の間でも批判が出始めている。日本がやってきて、せっかく李朝期にあった韓国近代化の芽を摘み、植民地期にひたすら収奪したという論はもはや無理の限界に来ている。批判には、「このような収奪論には実証的な根拠が確実ではないという問題点がある。コメは日本に収奪されたのではなく、経済論理に従って日本に輸出されたのであり、それにともなって日本人を含む韓半島(韓国人は朝鮮半島をこう呼ぶ)全体の所得が増加した」(教科書フォーラム編『代案教科書
韓国近・現代史』2008年3月)と書かれてある。
振り返れば韓国の歴史教科書もはじめからナショナリズム一辺倒であったわけではない。初期には、日清戦争で「日本の勝利となり、下関条約が結ばれ朝鮮の独立が認められた」(★佐鎬『中等世界史』英志文化社、1959年)とか、朝鮮は清の「半属国」だった(金聲近『高等世界史』高等学校2・3学年用、教友社、1962年)とか、平然と言っていた。
日本が強制的に保護条約を押しつけたと居直るのは、70年代の中頃からのことで、朴正煕政権の後半、力量を持った民族ではなかったことが被植民地支配の原因だったと、ひそかに反省し始めたときであった。
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/081217/acd0812170302001-n1.htm↑
どなたかが先日投稿していたものです。今までに私が知りえた知識では、この教授の主張が正しいと考えます。李朝時代は、時が止まっていたのではないでしょうか。荷車が通れるような道路網すら、敵の進入を恐れて意図的に建設しなかったようです。
ただし「チャングムの誓い - 大長今」はとてもいいドラマでしたよ。時代考証に問題や違和感がありましたが、創作物語としてみる限り、なかなかよい展開でした。
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.
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