田母神氏の主張に欠けているもの
投稿者: uberzeitgeist 投稿日時: 2008/11/01 18:07 投稿番号: [43308 / 73791]
氏の主張は、大筋以下でしょう。
1.日本の派兵はすべて条約に基づくものであった(北清事変の後始末としての北京における駐兵権の獲得)
2.柳條溝事件は関東軍の謀略か否か不確実である
3.朝鮮・台湾支配は欧米の植民地支配方式とは異なり当該民族を近代化したものだった
4.太平洋戦争は日本が米国の謀略により戦争に引きずり込まれたものだった
5.日本が英米と戦ったからこそ戦後の人種平等観念が発展した
日本による朝鮮侵略・支配は当時の国際法に則ったもので合法であり日本は朝鮮に謝罪する必要はありません。
しかし、1937年の日華事変は明らかな侵略行為であり国際法上から擁護できません。
第一次世界大戦は帝国主義戦争として始まりましたが途中から総力戦に変質し、この後始末としてのベルサイユ会議に出されたウイルソンの14か条以来20年代を通して「戦争を単なる外交の異なった形式」とする考え方が変わったのです。
この事変により英国は日本との戦争を決意しました。それまでの英国は日本に対して宥和的であり満州事変・満州国は大目に見ようという態度でした。この点が米国とは異なります。
しかし英国は長城以南に日本が軍事力を背景に進出することを見逃しませんでした。近衛にはこの点が見えていなかったのです。
そのため盧溝橋事件が起きると当初は事態を拡大させないとしながら軍部に押し切られ日本から出兵することとなりました。この出兵はどの条約に基づくものか氏は指摘していません。義和団議定書では説明できません。
柳條溝事件の責任者を厳しく処罰すると陛下に上奏しながら二度目に上奏したときの内容が前回とは異なっていることを陛下から厳しく指摘された田中義一はその責任をとって総理を辞職しました。
出先の軍部が東京の参謀本部の意向を無視して勝手に動くようになったのはこの時からです。満州事変の処理を曖昧にしたのは若槻礼次郎総理です。さらに出先軍部を付け上がらせました。
柳條溝事件の処理以来、日本政府は出先軍部の行動を追認してゆく有様になったのです。
3は日本の植民地支配のあり方を説明するものであり日本の中国侵略とは何の関係もなく蛇足の論議です。
当時の海軍は平時においては2年分、戦時になれば1年半分の燃料を備蓄していました。山本五十六が一年半は暴れてやるといったというのはこの事実に基づきます。
一隻の艦艇も失わず無傷で残ったとしても一年半後には海軍は動けなくなります。一か八かの戦争に打って出るような事態を日本は1937年から1941年の間に自ら作り出してきたのです。
石油と鉄スクラップを100%米国から輸入していた日本は、それゆえ日華事変と呼び日華戦争とは言いませんでした。
何時から日本の指導層が愚かになったかを考えることが重要です。
5はたとえそうであったとしても日本の侵略を正当化することにはなりません。
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.
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