Re: KGT民族と日本人の文化的遺伝子の相違
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2008/10/18 14:31 投稿番号: [41830 / 73791]
桑の木さん、こんにちは
>自慢するか、しないかの違いではなく、文化のありようの違いですね。
そうですね。別に日本文化を自慢している意味合いはここにはないと思いますよ。文化のあり方が違うのであり、一方的に日本が劣っていたわけでもないし、今も劣っているわけではないから、自らの優れた部分は大切に育て、他国の優れた部分は取り入れようとするのは当たり前だと思います。
先進国は少なくともそうして影響しあって発展してきているわけですし。
日本は資源が少なく土地も小さいことからいやでも省エネ技術、リサイクル技術が昔から突出して発展していたし、自然を破壊しない発展もしてきています(一時期それがおろそかになったことがあり、その後遺症でかなり長期間苦しみましたが)。
日本の車は小さくてアメ車に比べればステータスシンボルにならないとかなり馬鹿にされていましたが、今ではビッグ3にも昔日の面影はありません。
モッタイナイは世界共通語になり、自然との調和は地球温暖化問題と関連して世界は一斉に省エネ技術に向いています。別に日本は今日あることを江戸時代から意識していたわけではないでしょうが図らずもそうなったわけで、そうなると、いにしえの文化、技術も改めて評価が変わるでしょう。
>アメリカで一時、知能の高い子供を、特別に教育するプログラムを行ったことがあります。
考え方としては、知能が高いのは、障害の一種だということをわかること
これは今でもアメリカでは取り入れられています。少し前に夜桜さんと意見交換をしたことがありますが、アメリカには優秀な子供を特別に教育するプログラムがあり、日本にはそれがない、と言う話でした。
生まれつき理解力に優れた子供がおり、その子達は特殊教育を施すべきだという考え方は間違っては居ないと思います。ギフテッドと言われていますが、その子達は並はずれた能力のために周囲との意志の疎通を欠き、孤独に陥り却って人並み以下の成功しか収められないので、本人のためにふさわしい教育をすべきだということです。
これはかつてのエリート教育、すなわち選ばれた人間達だけが社会を率いるような教育制度とはちがい、ギフテッドに対する特殊教育は本人の救済が主目的のようです。それについては、日本ももっと真剣に取り組んで良いと思いますが。
しかし、
>マルマル人だから優秀は、ありえないのです。
文化の違いが、人の違いになる。
その意味で、日本はいい文化を育んだと思います。
これには全面的に同意です。
これは メッセージ 41828 (inakanokuwanoki さん)への返信です.
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