いよいよ韓国消滅へカウントダウン!

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Re: KGT民族と日本人の文化的遺伝子の相違

投稿者: abcdganesyappa 投稿日時: 2008/10/17 23:07 投稿番号: [41763 / 73791]
主旨はよく理解するものでありますが、引っ掛かる部分があるので一言。

>薩英戦争などでも手も脚もでなかったし、アメリカの軍艦数隻に屈して、不平等条約を結んだのも事実。

総体的にみてその考え方は正しいでであろうが、薩英戦争では薩摩が「手も脚もでなかったし」の表現は違うと思う。

この見方は、特にこの戦いによって、敵の旗艦の艦長・副長は戦死していることに象徴される。
当時の軍事力(?)の差があったのは当然認めますが、薩摩がアヘン戦争の
中国人のごとく思われる「手も脚も出なかった」との表現は、小生としては全く異見を持つ。
先日のNHKの篤姫の番組の中での解説でそういう表現があったが、違和感があった。

−−−7月4日(8月17日) - 16時、イギリス艦隊は弾薬や石炭燃料の消耗や、旗艦艦長・副長の戦死などの被害を受け、戦死者を錦江湾で水葬にして薩摩から撤退し横浜に向かう。
実質1日半の戦闘でイギリス側の被害が大きい理由としては、戦闘準備不足の上、開戦当初より暴風雨状態で艦船からの照準が定まらず、砲撃頻度が低かった。また、薩摩藩側の事前演習の標的近くに艦船が侵入してしまい(薩摩藩はイギリス艦隊の来襲を事前に知っており、迎撃のため演習を行っていた)、薩摩藩側の砲弾命中率が高かったことも挙げられている。
一方、薩摩藩側の物的被害が大きかった理由としては、イギリス側の艦載砲やロケット弾が命中率・射程が圧倒的に優位だったこと、暴風の影響や日本家屋の殆どが木造建築であり艦砲射撃による火災の延焼を免れなかったことなどがある。  
この戦闘での勝敗については、上記の様な歴史的事実から『イギリス艦隊勝利説』・『薩摩藩勝利説』・『双方引分け説』等、学者・研究家によって意見が異なっている。 −−−−−−

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%A9%E8%8B%B1%E6%88%A6%E4%BA%89
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