Re: ・麻生よ次の選挙に勝ちたいら韓国は無
投稿者: igutikeigi771 投稿日時: 2008/10/09 17:59 投稿番号: [41091 / 73791]
http://aresoku.blog42.fc2.com/blog-entry-683.html
麻生の失言癖「創氏改名は朝鮮人たちが名字をくれと言ったのが始まり」内外のひんしゅくを買ったことも
◇担がれ上手、官僚にも人気
麻生セメント社長、日本青年会議所(JC)会頭などを経て、初当選は1979年。政治家としての麻生氏の前半生は決して順風ではなく、
「冷や飯」時代が長かった。
河野洋平氏の側近で、所属する宮沢派主流の加藤紘一氏と反りが合わず、96年に経済企画庁長官として初入閣するまで17年も要した。
同派を加藤氏が継承することに反発して98年12月に脱会。麻生派前身の河野派旗揚げに参画した。
その際、「義理と人情とやせ我慢」と周辺に語ったというが、その覚悟通り小派閥の悲哀を味わった。
転機となったのは、01年4月の総裁選出馬。小泉純一郎氏に敗北したものの、政調会長に抜てきされ、以降、総務相、外相、幹事長を歴任。「首相候補」の地歩を固めた。
「細かいことを言わず、担がれ方を知っている人」。外相当時に仕えた官僚は麻生氏をこう評す。
役人たたきにはくみせず、「腐らせるより活用する」スタイルは、霞が関にも好評だった。経営者やJC会頭の経験から、地方経済の疲弊に危機感を抱く。
「日本経済は全治3年」として、小泉政権以来の構造改革路線の見直しを鮮明にしており、自民党内の「上げ潮派」からは「改革逆行」と批判を受ける。
麻生氏の外交姿勢を象徴するのが外相時代に打ち出した「自由と繁栄の弧」構想だ。
新興民主主義国を支援する同構想は「価値の外交」を標ぼうする内容で、麻生氏の「タカ派」色の濃い言動も絡み、
「中国など異なる価値観の国の排除につながる」(自民党ベテラン議員)と懸念する声もある。(了)(2008/09/22-15:41)
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俺も期待して発言、言動を注視している。
育ちの悪い元在日の「李罠爆の言い回し」に引っかからないように。
これは メッセージ 41078 (publicopinion100 さん)への返信です.
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