竹島(独島)は、韓国の捏造いいがかり2
投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2008/09/19 19:36 投稿番号: [39676 / 73791]
投稿者:拓
6 「東國輿地勝覧」巻四十五
蔚珍縣
一云武陵
一云羽陵
二島在県正東海中
三峯及業掌空
南峯梢卑
風日清明則峯頭樹木
及山根沙渚
歴々可見
風便則二日可到
一説干山
鬱陵
本一島
keypoint
朝鮮は1694年に、この「鬱陵島は、朝鮮半島から見える」という記述を用いて「鬱陵島・chukdoは、朝鮮領土」の根拠とした。このことは粛宗実録に書いてあります。
よって、世宗実録や高麗地理誌を「獨島」の根拠とすると、自己矛盾になる。
7
鬱陵島の無人島政策は1438年から1881年間で続きました。1696年以後、3年に一度巡察使を、当時無人島であった鬱陵島に派遣していました。
1882年に、高宗の于山島調査の命を受けて、102名の部下と7日間に渡って鬱陵島を大規模に調査した李奎遠の復命書で一層 正体がはっきりする。
是白乎〓 松竹于山等島 僑寓諸人 皆以傍近小島當之 然既無圖籍之可據又無觶導之指的 清明之日 登高遠眺 則千里可窺 以更無一拳石一撮土 則于山指稱鬱陵 即如耽羅指稱濟州
訳
「鬱陵島に住んでいる人は、松竹島や于山島を全て鬱陵島近傍の小島に充てている。
晴天の日に高台に登って、千里を眺めたが、一欠片の石も、土もなかった。鬱陵を于山と呼ぶのは、済州を耽羅と呼ぶのと同じである。」
8
日本は1600年前半には、「日本の竹島」を発見して、実効支配を始めました。
実は「鬱陵島」も実効支配を始めました。
そして1693年に、「鬱陵島」の帰属問題が出てきます。
結果「鬱陵島」だけは、朝鮮の領土となりました。
近代国際法の観点からは
1905年に、明治政府が「島根県への編入」をし、1600年代からの、実効支配を継続する。
1950年になるまで、韓国側から「竹島領有」に関する抗議無し。よって、日本の実効支配が成立している。
サンフランシスコ条約にて、日本の領土のままであることが、判明する。
最終決定の条約では、「竹島」が返還すべき領土には、書かれていない。
だから、日本領土のままである。
1965年の日韓基本条約にて「領土問題は、国際機関での話し合いにて解決する」という基本方針が結ばれる。
それ以降 現在に至るまで、日本政府は毎年抗議し、国際司法裁判所への出廷を求めているため、韓国の実効支配は成立していない。
(韓国人は、条約の途中経過で「獨島は、韓国領土」と言うが、最終決定の条約とは、何ら関係がない。途中経過は、条約として効力を持っていない。例えばSCAPIN667やSCAPIN1033のことである。また、この途中経過は、UNが調査した結果 誤りであると認めている。)
結論
朝鮮の歴史資料には、「鬱陵島とchukdo」のことしか書かれていない。
「獨島=于山島」というのが、韓国の捏造である。
<続く>
これは メッセージ 39675 (k_g_y_007_naoko さん)への返信です.
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