Re: 保守=極右?
投稿者: pokosi2000 投稿日時: 2008/09/13 18:51 投稿番号: [39273 / 73791]
>靖国と教科書については、内政干渉をした無礼を謝罪し、一緒に戦った軍人に対して、靖国神社に来て土下座して謝罪しなければ納得できませんね。
竹島については、国際司法裁判所に出廷し、完全解決をしてもらい、それと同時に4000人以上の漁師を拉致し、かなりの人数を虐殺し、さらに凶悪犯罪者の釈放を要求したシモのテロ行為を認め、謝罪だけでなく10兆円ほど賠償金を支払って貰わなければ納得できるものではありません。
軍オッカケ売春婦に至っては、日本国、日本国民そして私達の先祖を侮辱した慰謝料として・・・そうですねぇ〜、シモ国内に新たな税金、「日本への謝罪税」としてあらゆる消費にかかわる税金(税率10%)を10000年間に渡って支払い続けてもらわないとねぇ〜。チョウセンジンの行った卑劣な行為を10000年間、物を買う毎に思い出し、シモの民全員が何かを消費を使うたびに日本への懺悔と同時に賠償してもらうことが必要ですね。
在日が日本国内で犯した犯罪、不法占拠した日本国民の財産もきっちり利子をつけて在日に返済させるべきですな。
在日が払えないのならば本国が払うべき。
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久々にその人のお宅で食事をご馳走になり、お茶をいただいていた時、例の北朝鮮での茶番劇がテレビで流れていた。画面を眺める私の顔には、不快感がありありと見て取れたかもしれない。
だからだったのか?それまで朝鮮関係の話などしたことも無かったのだが・・他人の悪口など決して言うことの無い彼女が、突然「とにかくあの人たちには係らないことだよ」と言ったので私は驚いた。「ほんとうに怖い人たちだから」とも言った。そして続けて、或る、いかにもというエピソードを話してくれた。
その人は、まだ幼児だったときに空襲で母を亡くしている。そして当時、「お盆」の日に、彼女の家からほど近い川に、亡くなった方への「お供えもの」として灯篭と野菜で作った動物や菓子等の食べ物を流す風習があった。戦後すぐの時期とはいえ、両親と共に川へ出向く家が多かったのに、復員した父親と二人だけでそこへ行くのは、当時の彼女にとってとても嫌だったとのことである。
そして彼女が父親と戦後何度目かのお盆を迎え、灯篭とお供えの品を持って川に出向いたその年・・川原は、異常な様子を呈していた。
何と、流れてくるそれらの品を奪おうと、下流の河原に群がっていた連中があったというのだ。当時の貧しい時代において貴重だった品々を、そして何より心のこもったお供えものを、灯篭を蹴散らして奪い合っていたその連中がどこの何という民族の方々であったか・・・ここに居る皆さんには言う必要もあるまい。
とはいえ用意した灯篭を流さない訳にはいかず、結局父と彼女はそそくさとその行事を済ませ、ほんとうは海に出るまで見送らなくてはならないその灯篭の、行方も見ずに家に帰ったという。
彼女の記憶に拠れば、それは昭和24−5年くらいの事だったらしい。
戦後間もない時期にその河原に現れ、段々増えていったその連中は、昭和×0年代に、堂々と立派な替地をせしめてそこを立ち退いたようだ。
「あそこもあそこも、役所の土地だったのに、勝手に住み着いたあの人たちに取られたんだよ・・・」
そのいくつかの場所は、官有地に不自然な形でパチンコ屋や雑居ビルが食い込んでおり、私も「怪しい」と思っていた場所であったから特段の驚きは無かったが・・・
以上、ほんの数分間の話題であったが、・・新聞も熱心に読んではいないようだし、ニュースにも疎い彼女が「今まで絶対に出来なかった、こういう話がタブーでは無くなりつつある」事を感じているらしい事に驚いた。が、それにしてもこうした生きた話を聞くにつけ、某国や、日本人を含むその出先機関の方達が得意とする、常に被害者を装い日本人を糾弾するコメントがいかに空虚で馬鹿げたものであることか。
テレビや新聞では決して語られない、或る戦後の話でした。
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&page=3&nid=109972&start_range=109964&end_range=109979
竹島については、国際司法裁判所に出廷し、完全解決をしてもらい、それと同時に4000人以上の漁師を拉致し、かなりの人数を虐殺し、さらに凶悪犯罪者の釈放を要求したシモのテロ行為を認め、謝罪だけでなく10兆円ほど賠償金を支払って貰わなければ納得できるものではありません。
軍オッカケ売春婦に至っては、日本国、日本国民そして私達の先祖を侮辱した慰謝料として・・・そうですねぇ〜、シモ国内に新たな税金、「日本への謝罪税」としてあらゆる消費にかかわる税金(税率10%)を10000年間に渡って支払い続けてもらわないとねぇ〜。チョウセンジンの行った卑劣な行為を10000年間、物を買う毎に思い出し、シモの民全員が何かを消費を使うたびに日本への懺悔と同時に賠償してもらうことが必要ですね。
在日が日本国内で犯した犯罪、不法占拠した日本国民の財産もきっちり利子をつけて在日に返済させるべきですな。
在日が払えないのならば本国が払うべき。
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久々にその人のお宅で食事をご馳走になり、お茶をいただいていた時、例の北朝鮮での茶番劇がテレビで流れていた。画面を眺める私の顔には、不快感がありありと見て取れたかもしれない。
だからだったのか?それまで朝鮮関係の話などしたことも無かったのだが・・他人の悪口など決して言うことの無い彼女が、突然「とにかくあの人たちには係らないことだよ」と言ったので私は驚いた。「ほんとうに怖い人たちだから」とも言った。そして続けて、或る、いかにもというエピソードを話してくれた。
その人は、まだ幼児だったときに空襲で母を亡くしている。そして当時、「お盆」の日に、彼女の家からほど近い川に、亡くなった方への「お供えもの」として灯篭と野菜で作った動物や菓子等の食べ物を流す風習があった。戦後すぐの時期とはいえ、両親と共に川へ出向く家が多かったのに、復員した父親と二人だけでそこへ行くのは、当時の彼女にとってとても嫌だったとのことである。
そして彼女が父親と戦後何度目かのお盆を迎え、灯篭とお供えの品を持って川に出向いたその年・・川原は、異常な様子を呈していた。
何と、流れてくるそれらの品を奪おうと、下流の河原に群がっていた連中があったというのだ。当時の貧しい時代において貴重だった品々を、そして何より心のこもったお供えものを、灯篭を蹴散らして奪い合っていたその連中がどこの何という民族の方々であったか・・・ここに居る皆さんには言う必要もあるまい。
とはいえ用意した灯篭を流さない訳にはいかず、結局父と彼女はそそくさとその行事を済ませ、ほんとうは海に出るまで見送らなくてはならないその灯篭の、行方も見ずに家に帰ったという。
彼女の記憶に拠れば、それは昭和24−5年くらいの事だったらしい。
戦後間もない時期にその河原に現れ、段々増えていったその連中は、昭和×0年代に、堂々と立派な替地をせしめてそこを立ち退いたようだ。
「あそこもあそこも、役所の土地だったのに、勝手に住み着いたあの人たちに取られたんだよ・・・」
そのいくつかの場所は、官有地に不自然な形でパチンコ屋や雑居ビルが食い込んでおり、私も「怪しい」と思っていた場所であったから特段の驚きは無かったが・・・
以上、ほんの数分間の話題であったが、・・新聞も熱心に読んではいないようだし、ニュースにも疎い彼女が「今まで絶対に出来なかった、こういう話がタブーでは無くなりつつある」事を感じているらしい事に驚いた。が、それにしてもこうした生きた話を聞くにつけ、某国や、日本人を含むその出先機関の方達が得意とする、常に被害者を装い日本人を糾弾するコメントがいかに空虚で馬鹿げたものであることか。
テレビや新聞では決して語られない、或る戦後の話でした。
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=phistory&page=3&nid=109972&start_range=109964&end_range=109979
これは メッセージ 39268 (ahoruda333 さん)への返信です.