韓国人考 - 台湾人とは違う韓国人
投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2008/08/02 23:03 投稿番号: [36794 / 73791]
投稿者:拓
一部そうでない韓国人もおりますが、少数派です。ほとんどの韓国人は、もう病気の域ですね。精神的な障害に悩まされているようです。以下のようなブログでも紹介されています。
>韓国の京畿道三田渡の地には、大清皇帝功徳碑(三田渡碑)がある。韓国では、この碑を「恥辱碑」と呼ぶ。それは、この碑に以下のような内容の文が刻まれているからだ。
愚かな朝鮮王は偉大な清国皇帝に逆った。
清国皇帝は、愚かな朝鮮王を窘め、この大罪を諭してやった。
良心に目覚めた朝鮮王は、自分の愚かさを猛省し、偉大な清国皇帝の臣下になることを誓った。
我が朝鮮は、この清国皇帝の功徳を永遠に忘れず、また清国に逆った愚かな罪を反省するために、この石碑を建てることにする。
(要約)
大芿皇帝功紱碑の原文(漢文)はこちら↓
http://zh.wikisource.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B7%B8%E7%9A%87%E5%B8%9D%E5%8A%9F%E5%BE%B7%E7%A2%91
<写真>
上の写真のレリーフは韓国政府が作ったもので、「大清皇帝功徳碑」のそばにある。
清の太宗の陣地があった三田渡の受降壇で、朝鮮の仁祖が太宗に対して「三跪九叩頭の礼(三度跪き、九度頭を地にこすりつける)」をもって許しを乞い、清皇帝を公認する誓いをさせられるという場面を描いたものである。
「受難の歴史が渦巻くこの場所で、我々はこのような汚濁の歴史が再び繰り返されないよう、民族的自尊を高くし、自主、自強の意志を固く決意しなければならない」
レリーフの文末には、このように書かれている。これは、1982年当時の全斗煥・軍事政権のころに書かれたものだ。
「受難の歴史」「汚濁の歴史」、この言葉に韓国・朝鮮の歴史的、民族的無念が示されている。誇り高き韓国・朝鮮人にとっては受け入れがたい歴史だが、これが事実であることがさらに彼らの自尊心を傷つける。
この清によってもたらされた「受難」「汚濁」から韓国を解き放ったのは「自主、自強の意志」ではなかった。屈辱的な「三田渡条約」を破棄し、晴れて独立の身になれたのは清が日本に敗北したからである。
つまり、日本のおかげで「受難の歴史」「汚濁の歴史」を断ち切ることができた。が、これまた韓国・朝鮮にとっては屈辱だった。北狄(野蛮人=清)から受けた恥辱を東夷(未開人=日本)の力を借りて晴らすことになったからである。
で、結局、韓国・朝鮮はこの後も「自主、自強の意志」を固めることはできず、日本の統治下に組み込まれることになる。そして、この日本による統治から解放されたのが米国のおかげ。
ここでも「自主、自強の意志」とは無縁のまま独立を果たすことになる。さらに、独立後は今度、南北に分かれて同じ民族同士で無残な戦争を引き起こしてしまう。片方はソ連、もう一方は米国の後押しを受けて。
つまり、韓国・朝鮮は中世から近世〜近代にかけて一度も「自主、自強の意志」を貫いたことがない。この屈辱が「民族的自尊を高くし、自主、自強の意志を固く決意しなければならない」という言葉になって表れるのだ。
狂気じみた「反日」の源はここにある。
http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2008/02/19_77b9.html
一部そうでない韓国人もおりますが、少数派です。ほとんどの韓国人は、もう病気の域ですね。精神的な障害に悩まされているようです。以下のようなブログでも紹介されています。
>韓国の京畿道三田渡の地には、大清皇帝功徳碑(三田渡碑)がある。韓国では、この碑を「恥辱碑」と呼ぶ。それは、この碑に以下のような内容の文が刻まれているからだ。
愚かな朝鮮王は偉大な清国皇帝に逆った。
清国皇帝は、愚かな朝鮮王を窘め、この大罪を諭してやった。
良心に目覚めた朝鮮王は、自分の愚かさを猛省し、偉大な清国皇帝の臣下になることを誓った。
我が朝鮮は、この清国皇帝の功徳を永遠に忘れず、また清国に逆った愚かな罪を反省するために、この石碑を建てることにする。
(要約)
大芿皇帝功紱碑の原文(漢文)はこちら↓
http://zh.wikisource.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B7%B8%E7%9A%87%E5%B8%9D%E5%8A%9F%E5%BE%B7%E7%A2%91
<写真>
上の写真のレリーフは韓国政府が作ったもので、「大清皇帝功徳碑」のそばにある。
清の太宗の陣地があった三田渡の受降壇で、朝鮮の仁祖が太宗に対して「三跪九叩頭の礼(三度跪き、九度頭を地にこすりつける)」をもって許しを乞い、清皇帝を公認する誓いをさせられるという場面を描いたものである。
「受難の歴史が渦巻くこの場所で、我々はこのような汚濁の歴史が再び繰り返されないよう、民族的自尊を高くし、自主、自強の意志を固く決意しなければならない」
レリーフの文末には、このように書かれている。これは、1982年当時の全斗煥・軍事政権のころに書かれたものだ。
「受難の歴史」「汚濁の歴史」、この言葉に韓国・朝鮮の歴史的、民族的無念が示されている。誇り高き韓国・朝鮮人にとっては受け入れがたい歴史だが、これが事実であることがさらに彼らの自尊心を傷つける。
この清によってもたらされた「受難」「汚濁」から韓国を解き放ったのは「自主、自強の意志」ではなかった。屈辱的な「三田渡条約」を破棄し、晴れて独立の身になれたのは清が日本に敗北したからである。
つまり、日本のおかげで「受難の歴史」「汚濁の歴史」を断ち切ることができた。が、これまた韓国・朝鮮にとっては屈辱だった。北狄(野蛮人=清)から受けた恥辱を東夷(未開人=日本)の力を借りて晴らすことになったからである。
で、結局、韓国・朝鮮はこの後も「自主、自強の意志」を固めることはできず、日本の統治下に組み込まれることになる。そして、この日本による統治から解放されたのが米国のおかげ。
ここでも「自主、自強の意志」とは無縁のまま独立を果たすことになる。さらに、独立後は今度、南北に分かれて同じ民族同士で無残な戦争を引き起こしてしまう。片方はソ連、もう一方は米国の後押しを受けて。
つまり、韓国・朝鮮は中世から近世〜近代にかけて一度も「自主、自強の意志」を貫いたことがない。この屈辱が「民族的自尊を高くし、自主、自強の意志を固く決意しなければならない」という言葉になって表れるのだ。
狂気じみた「反日」の源はここにある。
http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2008/02/19_77b9.html
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.