いよいよ韓国消滅へカウントダウン!

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

いかにも日本人を感じさせる白洲次郎

投稿者: ostgh 投稿日時: 2006/08/13 15:59 投稿番号: [360 / 73791]
白洲次郎の本は、このところ、十年連続ベストセラー。関連した特集本も出せば売れる状態。
ダンディーで、米軍、米人も彼の言うことは大概聞いた。

彼の影響を受けた池田隼人が経済復興、倍々ゲームへと日本経済を導いた。その陰には、白洲の作った通産省があった。
朝鮮動乱特需で日本経済は立ち直ったなどという残薄な説が馬鹿馬鹿しい事がよくわかる。

白洲や池田が離陸への道筋を付けたから、経済成長に乗り、チャンスを活かせた。

死に際も、戒名不要、葬式無用と断り、質素に行われたのも良い。
彼の家は、相模原にあって、公開されている。農家を改造したもので、実に質素な作り。
威張らないところも日本人らしくて良い。

こういう人がいるから、戦後の成長があり、こういう人が出てくるから、日本は救われる。


【戦後は吉田茂の側近として終戦連絡事務局次長、経済安定本部次長、貿易庁長官を歴任、日本国憲法制定の現場に立ち会った。また、いち早く貿易立国を標榜し、通商産業省を創設。GHQと激しく対峙しながら、日本の早期独立と経済復興に、“歴史の黒子”として多大な功績を挙げた。昭和六〇年没(享年八三)。紳士の哲学“プリンシプル”を尊ぶイギリス仕込みのダンディズムは終生変わらなかった。

白洲は、政治とは別の道で日本の自立を模索しはじめた。それは、経済の自立だった。
当時、日本はGHQに指導された統制経済下にあり、貿易も国家管理におかれていた。日本の復興には、自由経済に立脚した輸出振興が必要であると考えた白洲は、昭和24年5月、貿易立国を牽引した通商産業省を立ち上げる。貿易立国という戦後日本の自立の道筋をつけた。

彼は『この戦争は必ず敗け、日本は食料不足に陥る』と戦争が始まる五年も前から広言してはばからず、38歳の時から、仕事を辞め、田舎に引っ込み百姓生活を始めました。一見隠居しているように見えても、実は、常に中央の時局に目を光らせ、いざ鎌倉となった時には、命を賭けて戦いに望む、そんな次郎の非凡な才能や英語力、交渉力を見込んだ吉田茂首相は次郎をブレーンの一人に引き上げた。
恥ずかしがり屋で、目立つのを極端に嫌った次郎の名前を知るものは今ではあまりいません。葬式が嫌いな彼の遺言は『葬式無用・戒名不要』です。遺言の通り、葬式は行なわれず、遺族だけが集まり、質素な酒盛りが行なわれた】
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)