いよいよ韓国消滅へカウントダウン!

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re:明治の遺産を食いつぶしている

投稿者: ostgh 投稿日時: 2006/08/13 11:54 投稿番号: [353 / 73791]
そうかな〜。
海外では知られていないかも知れないが・・・・

戦後、すぐに吉田茂と、白洲次郎が現れて、経済再興、特に産業再興、輸出振興したからこそ、今の経済大国があると思う。
特に白洲次郎が、通産省を作らなければ、戦後の急速な復興はなく、現在の経済大国の方程式はなかった。

明治時代のやり方では、到底無理だったと思う。
白洲次郎みたいな人間が危機になると現れるのが日本らしい。

【白洲次郎

1945年(昭和20年)東久邇宮稔彦王内閣の外務大臣に就任した吉田茂の懇請で終戦連絡中央事務局(終連)の参与に就任する。ここから、白洲次郎の連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)を向こうに回した戦いの火蓋が切られる。白洲は、GHQ/SCAPに対して当時の日本政府および日本人がとった従順過ぎる姿勢とは一線を画し、英国仕込みの流暢な英語(白洲は日本語を話す方が訥弁になった)とマナー、そして本人が元々持っていた押しの強さと原理原則を重視する性格から、主張すべきところは頑強に主張し、GHQ/SCAP要人をして「従順ならざる唯一の日本人」と言わせしめた。

昭和天皇からダグラス・マッカーサーに対するクリスマスプレゼントを届けた時に、プレゼントがぞんざいに扱われたために憤激して「仮にも天皇陛下からの贈り物をその辺に置いてくれとは何事か!」と怒鳴りつけ、持ち帰ろうとしてマッカーサーを慌てさせた。マッカーサーは当時、神と崇められるに等しい存在だったが、白洲次郎に申し訳ないと謝った。 GHQ/SCAP民政局長のホイットニー准将に英語が上手いと言われ「あなたももう少し勉強すれば上手くなる」と逆襲した、などGHQ/SCAPとの交渉の間に生まれたエピソードは数多い。


貿易庁初代長官

1948年(昭和23年)商工省に設立された貿易庁の初代長官に就任する。経済復興には輸出振興が必要であるとし、通商政策の強化を目的とし、商工省を改組し、通商産業省設立の中心的役割を果たした。これはGHQ/SCAPの圧力を利用した通産省の池田派占有のロビー活動でしかなかったと批判されつづけている。1950年(昭和25年)講和問題で、池田勇人蔵相、宮澤喜一蔵相秘書官とともにアメリカに渡り、ジョン・フォスター・ダレスと会談し、平和条約の準備を開始した。

1951年(昭和26年)9月サンフランシスコ講和会議に全権団顧問として随行する。この時、首席全権であった吉田首相の受諾演説の原稿に手を入れ、英語から日本語に直し、沖縄の施政権返還を内容に入れさせた。吉田退陣後は、政治から縁を切り、実業界に戻る。】


彼こそが戦後復興、経済大国への道を作った人と言える。
ウィキペディアらしく、通産省を作ったところは、何故か派閥争いのように書いているが、その後の基幹産業の復活、中小企業の振興、輸出急増を見れば、効果は明らかだった。

韓国なども、結局、この人のやり方を劣化模倣したにすぎないと思うな。
http://ja.wikipedia.org/wiki/白洲次郎
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)