Re: またまた朝鮮日報の
投稿者: shinacyonnashi 投稿日時: 2008/05/28 23:23 投稿番号: [34798 / 73791]
>これは朝鮮半島での儒教の学問と同一です。教義は絶対でありその教義を正確に覚えることが学問でした
日本では、幕府が朱子学を形式的には大切にしてはいましたが、その観念性の強さが行き過ぎ、ただただ不毛な無意味な観念論に堕していました
日本らしいところは、そんな朱子学の駄目なところを早々と見切り、実態的な経験と結びつき、それでいて、形而上的な推論も大切にする学問の手法を生み出していったところです
本居宣長、石田梅岩等がそうでしょうか
また、日本では公家や武家など貴族だけでなく、市井の学者が活躍したことも特筆に価します
安藤昌益がそうではないでしょうか
また、日本では庶民でも、まじめに毎日精進することを尊重する一般道徳が特に村落に居住する武士等が教える寺子屋を通じて浸透していました
ところが、儒教の超観念的な部分をさらに拡大解釈し、全く不毛な論争の無限ループを繰り返すことが学問だと信じ込んだまま、未だにそこから一歩も抜け出られないままの国、民族が存在します
もちろん朝鮮です
おまけに、この国では学問とは、貴族階級の遊戯や面子の道具に過ぎなかったので、国民に学問の意義に関する認識とか伝統がまるでありません
庶民は教育の機会なく、品性の向上、規範意識の確立の機会さえない社会でした
完全な奴隷、家畜状態です
朝鮮の学問風土は見渡す限り荒涼とした荒野です
そんな精神風土のところに、支那から輸入した面子意識だけが異常増殖してつまらん見栄の張り合いばかりしています
起源捏造、論文捏造、歴史捏造…全てここに起因すると、私は理解してます
ということは…今更朝鮮民族の矯正は不可能ということです
これは メッセージ 34797 (mahalo555sp さん)への返信です.
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