日本の政治家は何してる?
投稿者: backgroundcolor1154 投稿日時: 2008/05/17 22:27 投稿番号: [34286 / 73791]
こういう状況を打開して初期の歓喜を持続させるのが指導者の責任だ。日本の政治家は何をしている?被災している中国の指導者にはそこまでの余裕は無いだろう。こんな時こそ日本の指導者が活躍すべき時ではないか?
>【四川大地震】中国との意思疎通不足など問題点も 日本の国際緊急援助隊
2008.5.17 21:07
【青川県(中国四川省)=野口東秀】日本の国際緊急援助隊の第1陣、第2陣計60人は17日、大きな被害が出た四川省北川県に向かった。被災地ではこれまでのところ、日本の国際緊急援助隊の活動を高く評価する声が上がっている。その一方で、援助隊が誇る高度な専門性が十分に生かせない現場に送られるケースもあり、援助隊の効率的な活用をめぐっての日中間の意思疎通や、事前調整の不足が浮き彫りとなっている。
日本の援助隊は17日早朝、青川県の病院宿舎で28歳の母親と生後2カ月の娘を遺体で発見した。母親は寝室で娘を抱きかかえるようにして死亡していた。援助隊員は全員で遺体に黙祷(もくとう)をささげ、遺族らが泣き崩れる中、遺体を搬出した。
「心より感謝します」「一番乗りしてくれた。困っているときに助けてくれた真の友人」−。日本隊の活動は周辺住民の間では広く知れ渡っている。救助隊の活躍の様子はメディアを通して中国国内で伝えられており、インターネットの掲示板には、救助隊への感謝やその礼儀、規律の正しさを讃える声が集まっている。被災地では、不足しているはずの食料や水を、救助隊のためにわざわざ差し入れる住民もいた。
しかし、母娘の発見現場は、生き埋めになった者がもともと3人しかいないとみられる場所だった。その上、援助隊が母娘の救出現場に到着したのは、四川省成都を出発してから14時間過ぎてのことだった。
現場は成都の空港から400キロも離れていた。綿竹市や都江堰市など、成都から100キロの圏内には多くの学校や病院、マンションの倒壊現場がある。一刻も早い救助が必要な被災者も、それだけ多数に上る。
日本隊が入った現場周辺の山は半分が崩れ落ち、大量の土砂が町を覆っていた。80メートルに渡って土砂に埋まった小学校もあった。現場は、都市型災害救助という援助隊の専門とは、かけ離れた状況だった。
第2の現場に移動するまで、さらに4時間を要した。「どこまで移動するんだ」「また移動か」。指示が下ると、隊員からこうした声が上がったという。
「学校や病院など、生存率の高い現場で成果を上げたい」。複数の隊員がこうもらし、現場到着に予想外に時間がかかったことを残念がった。
援助隊の団長を務める小泉崇・外務省国際緊急援助室長は、「中国にとって外国の援助隊受け入れは初めての経験」と中国や現地に対する一定の理解を示したが、実態は、「現段階では生存率が1割程度にまで低下している」(隊員)だけに、援助隊には今、効率的な活用が最も求められている。
援助隊は17日、生き埋めとなった市民が多く、高生存率が予想される学校などでの捜索にあたりたいとの意向を中国側に伝えた。被災地での滞在時間を最大限に活用し、少しでも救助に力を注ぎたいとの思いがにじんでいる。
>【四川大地震】中国との意思疎通不足など問題点も 日本の国際緊急援助隊
2008.5.17 21:07
【青川県(中国四川省)=野口東秀】日本の国際緊急援助隊の第1陣、第2陣計60人は17日、大きな被害が出た四川省北川県に向かった。被災地ではこれまでのところ、日本の国際緊急援助隊の活動を高く評価する声が上がっている。その一方で、援助隊が誇る高度な専門性が十分に生かせない現場に送られるケースもあり、援助隊の効率的な活用をめぐっての日中間の意思疎通や、事前調整の不足が浮き彫りとなっている。
日本の援助隊は17日早朝、青川県の病院宿舎で28歳の母親と生後2カ月の娘を遺体で発見した。母親は寝室で娘を抱きかかえるようにして死亡していた。援助隊員は全員で遺体に黙祷(もくとう)をささげ、遺族らが泣き崩れる中、遺体を搬出した。
「心より感謝します」「一番乗りしてくれた。困っているときに助けてくれた真の友人」−。日本隊の活動は周辺住民の間では広く知れ渡っている。救助隊の活躍の様子はメディアを通して中国国内で伝えられており、インターネットの掲示板には、救助隊への感謝やその礼儀、規律の正しさを讃える声が集まっている。被災地では、不足しているはずの食料や水を、救助隊のためにわざわざ差し入れる住民もいた。
しかし、母娘の発見現場は、生き埋めになった者がもともと3人しかいないとみられる場所だった。その上、援助隊が母娘の救出現場に到着したのは、四川省成都を出発してから14時間過ぎてのことだった。
現場は成都の空港から400キロも離れていた。綿竹市や都江堰市など、成都から100キロの圏内には多くの学校や病院、マンションの倒壊現場がある。一刻も早い救助が必要な被災者も、それだけ多数に上る。
日本隊が入った現場周辺の山は半分が崩れ落ち、大量の土砂が町を覆っていた。80メートルに渡って土砂に埋まった小学校もあった。現場は、都市型災害救助という援助隊の専門とは、かけ離れた状況だった。
第2の現場に移動するまで、さらに4時間を要した。「どこまで移動するんだ」「また移動か」。指示が下ると、隊員からこうした声が上がったという。
「学校や病院など、生存率の高い現場で成果を上げたい」。複数の隊員がこうもらし、現場到着に予想外に時間がかかったことを残念がった。
援助隊の団長を務める小泉崇・外務省国際緊急援助室長は、「中国にとって外国の援助隊受け入れは初めての経験」と中国や現地に対する一定の理解を示したが、実態は、「現段階では生存率が1割程度にまで低下している」(隊員)だけに、援助隊には今、効率的な活用が最も求められている。
援助隊は17日、生き埋めとなった市民が多く、高生存率が予想される学校などでの捜索にあたりたいとの意向を中国側に伝えた。被災地での滞在時間を最大限に活用し、少しでも救助に力を注ぎたいとの思いがにじんでいる。
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.