Re: 別に、、。教科書では<百済観音
投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2008/05/12 20:14 投稿番号: [34065 / 73791]
投稿者:チー
百済観音:
>百済観音がルーブル美術館で公開された時、フランスでは“日本のヴィーナス”と大絶賛され、1ヶ月で30万人もの人々が足を運んだという。世界の人々を虜にする“美”がこの仏像にはあるのだ。百済観音は横からの姿も大変美しいため、法隆寺では側面から鑑賞出来るようになっていた。国内最古級の仏でありながら、時空を超えて人の魂を揺さぶる最高度の美しさを備えている。
このクスノキから彫られた仏像の出生は謎に包まれている。名に“百済”とついてるものの、当時の半島では仏師がクスノキを使った作例はなく、どうやら日本国内で作られたようなのだ。ところが飛鳥の都には、百済観音と同タイプの細身で長身の仏は他にまったく残っていない。これほど腕の立つ天才仏師なら大量に仏を彫っているハズなので、何も記録が残っていないわけがないのだ。一体全体どこで生まれた仏なんだろう?
http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/butuzou2.htm↑
すぐに思いついたのがこれでーす^^
ちがうかしら?
>文芸評論家・亀井勝一郎の『大和古寺風物誌』から抜粋
(1937年に初めて奈良を訪れて)
始めどのような座像にも心をひかれなかった。殊に巨大であればあるほど。しかし立像の美しさは言語に絶した魅力をもって私を圧倒した。わけても法隆寺金堂に佇立する百済観音は、仏像に対する自分の偏見を一挙にふきとばしてくれた。このみ仏の導きによって、私は一歩一歩多くの古仏にふれて行くことが出来たと云ってもいい。
仄暗い堂内に、その白味がかった体躯が焔(ほのお)のように真直ぐ立っているのをみた刹那、観察よりもまず合掌したい気持になる。大地から燃えあがった永遠の焔のようであった。人間像というよりも人間塔
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いのちの火の生動している塔であった。胸にも胴体にも四肢にも写実的なふくらみというものはない。筋肉もむろんない。しかしそれらのすべてを通った彼岸の体躯、人間の最も美しい夢と云っていいか。殊に胴体から胸・顔面にかけて剥脱した白色が、光背の尖端に残った朱のくすんだ色と融けあっている状態は無比であった。全体としてはやはり焔とよぶのが一番ふさわしいようだ。
初めて奈良へ旅し、多くの古寺を巡り、諸々の仏像にもふれた筈なのに、結局私の心に鮮かに残ったのは百済観音の姿だけであった。云わばこのみ仏を中心として、他の多くが群像としておぼろげながら眼に浮んでくる、そういう状態であった。私の初旅の思い出はつまりは百済観音の思い出となるのである。
これは メッセージ 34063 (pokosi2000 さん)への返信です.
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