ワシは、寝ぼけてなんぞおらんよ(苦笑
投稿者: k_g_y_7_naoko 投稿日時: 2008/04/28 17:59 投稿番号: [33706 / 73791]
投稿者:爺
「四方の海みなはらからと思ふ世に など波風の立ち騒ぐらむ」
http://www.senyu-ren.jp/MAGO/45.HTM
>・・孫2・・だから靖国神社には戦死した人達を祭ってあるんですね。だけど先生から習ったんだけど、戦死した人のほかに、戦犯の人も祭られているんだそうですね。だから靖国神社にお参りすることは問題だって。
私・・・そう。戦犯として亡くなった人も祭ってあるんだよ。だけど戦犯って何だか分かるかな。戦犯とは戦争犯罪人の略語だけれど、犯罪人と言ったって町で人を殺したり泥棒をしたりした犯罪人とは全く訳が違うんだよ。世界には国際法というのがあって、俘虜を虐待したり、裁判もしないで殺したりすると、犯罪者として罰せられることになっている。東京裁判でB級、C級の戦犯とされた者はこの種の犯罪者で、戦争という異常な環境の中で、無論こうした犯罪が実際に行なわれなかったとは言えないが、むしろ濡れ衣の場合の方が多かった。中には戦争で百人殺されたから、復讐として百人殺してやろうということで、日本兵を一列に並べて置いて、この中で俘虜虐待をしたのは誰だと住民に聞くと、住民は顔など覚えていないから勝手に指さす。指さされた者は、弁解が通用しないから、そのまま戦犯として処刑される。そんなことが、終戦後戦地では数多く行なわれたようだ。
戦犯として亡くなった人の遺言の中にも、「天地神明に誓って人の道に外れたことはしていません」と書かれたものが随分あるよ。どんなに無念だったろうな。それでも死んで日本の礎(いしずえ)になると信じて、従容(しょうよう)として死に就いた。こういう人達こそ靖国神社に祭って上げなければとおじいさんは思うね。
>・・・問題はA級戦犯として処刑された人達、つまり東條さんを始めとする開戦当時の主要閣僚を靖国神社に祭ることがよいか悪いかの問題だけれど、おじいさんは祭るのが自然だと思っているよ。何故って、戦争は結果として負けたけれども、あの人達は何も日本を不幸にしようとして戦争を始めたわけではないし、ほかに方法がないと思って決心したわけさ。だからさっきも言ったように、日本人の大部分がそれに賛成しただろう。
無論、後から考えれば、長い歴史の間に、あの時こうすればとか、その時ああしていたらとか、色々やり方はあったろうさ。しかしそれはA級戦犯とされた人達だけの責任とは言えない。長い歴史の中で、あそこまで追い込まれた日本が選べる道は、そんなにはなかった筈さ。言わば東條さん達は、そんな時に政府の責任者とならねばならなかったという貧乏くじを引いたわけだ。敗けたとは言え、国のために全力投球して亡くなられたわけだから、靖国神社にお祭りしていいのではないかな。
>・・・そうだよ。ロシアは日本の隣国だけど、厄介な隣国さ。地図を見ても分かるように、ロシアは広い土地を持っているけれど、北の海は冬は凍って使えないし、何とか南の海に一年中使える港を確保したいと願っていた。そればかりでなく、ロシアという国は、昔から隙さえあれば領土を拡張しようという野心を持っていた。
だから日露戦争の前には、ロシアは既に満州を占領していたし、旅順、大連などもロシアの占領下にあった。のみならず朝鮮半島にも勢力を伸ばし、日清戦争で折角清国(今の中国)との絆を断って独立したかと思われた朝鮮の李王朝の中にも入り込んで、朝鮮と日本との離隔を策し、あわよくば朝鮮半島もロシアの占領下に置こうとした。
朝鮮半島までロシアが南下したらどうなると思う? 日本はロシアと何回にもわたって交渉を続けたけれども、誠意ある返事が得られず、明治三十七年(一九〇四年)二月十日遂にロシアに宣戦布告し、戦争が始まったわけさ。これが日露戦争だね。日露戦争まで日本の侵略戦争だなどと言う者がいるが、馬鹿もいい加減にしろと言いたい所さ。
http://www.senyu-ren.jp/MAGO/MAGO.shtml
追記:「ハルノート」は強硬な内容であったが、日本の感触を探った「たたき台」であり、「最後通牒」ではなかったとワシは考えておる。日本外交の未熟さであったかも知れんし、当時の日本国民の愛国心・プライドが開戦を余儀なくさせたのかも知れん。ま、これは結果論かな?
「四方の海みなはらからと思ふ世に など波風の立ち騒ぐらむ」
http://www.senyu-ren.jp/MAGO/45.HTM
>・・孫2・・だから靖国神社には戦死した人達を祭ってあるんですね。だけど先生から習ったんだけど、戦死した人のほかに、戦犯の人も祭られているんだそうですね。だから靖国神社にお参りすることは問題だって。
私・・・そう。戦犯として亡くなった人も祭ってあるんだよ。だけど戦犯って何だか分かるかな。戦犯とは戦争犯罪人の略語だけれど、犯罪人と言ったって町で人を殺したり泥棒をしたりした犯罪人とは全く訳が違うんだよ。世界には国際法というのがあって、俘虜を虐待したり、裁判もしないで殺したりすると、犯罪者として罰せられることになっている。東京裁判でB級、C級の戦犯とされた者はこの種の犯罪者で、戦争という異常な環境の中で、無論こうした犯罪が実際に行なわれなかったとは言えないが、むしろ濡れ衣の場合の方が多かった。中には戦争で百人殺されたから、復讐として百人殺してやろうということで、日本兵を一列に並べて置いて、この中で俘虜虐待をしたのは誰だと住民に聞くと、住民は顔など覚えていないから勝手に指さす。指さされた者は、弁解が通用しないから、そのまま戦犯として処刑される。そんなことが、終戦後戦地では数多く行なわれたようだ。
戦犯として亡くなった人の遺言の中にも、「天地神明に誓って人の道に外れたことはしていません」と書かれたものが随分あるよ。どんなに無念だったろうな。それでも死んで日本の礎(いしずえ)になると信じて、従容(しょうよう)として死に就いた。こういう人達こそ靖国神社に祭って上げなければとおじいさんは思うね。
>・・・問題はA級戦犯として処刑された人達、つまり東條さんを始めとする開戦当時の主要閣僚を靖国神社に祭ることがよいか悪いかの問題だけれど、おじいさんは祭るのが自然だと思っているよ。何故って、戦争は結果として負けたけれども、あの人達は何も日本を不幸にしようとして戦争を始めたわけではないし、ほかに方法がないと思って決心したわけさ。だからさっきも言ったように、日本人の大部分がそれに賛成しただろう。
無論、後から考えれば、長い歴史の間に、あの時こうすればとか、その時ああしていたらとか、色々やり方はあったろうさ。しかしそれはA級戦犯とされた人達だけの責任とは言えない。長い歴史の中で、あそこまで追い込まれた日本が選べる道は、そんなにはなかった筈さ。言わば東條さん達は、そんな時に政府の責任者とならねばならなかったという貧乏くじを引いたわけだ。敗けたとは言え、国のために全力投球して亡くなられたわけだから、靖国神社にお祭りしていいのではないかな。
>・・・そうだよ。ロシアは日本の隣国だけど、厄介な隣国さ。地図を見ても分かるように、ロシアは広い土地を持っているけれど、北の海は冬は凍って使えないし、何とか南の海に一年中使える港を確保したいと願っていた。そればかりでなく、ロシアという国は、昔から隙さえあれば領土を拡張しようという野心を持っていた。
だから日露戦争の前には、ロシアは既に満州を占領していたし、旅順、大連などもロシアの占領下にあった。のみならず朝鮮半島にも勢力を伸ばし、日清戦争で折角清国(今の中国)との絆を断って独立したかと思われた朝鮮の李王朝の中にも入り込んで、朝鮮と日本との離隔を策し、あわよくば朝鮮半島もロシアの占領下に置こうとした。
朝鮮半島までロシアが南下したらどうなると思う? 日本はロシアと何回にもわたって交渉を続けたけれども、誠意ある返事が得られず、明治三十七年(一九〇四年)二月十日遂にロシアに宣戦布告し、戦争が始まったわけさ。これが日露戦争だね。日露戦争まで日本の侵略戦争だなどと言う者がいるが、馬鹿もいい加減にしろと言いたい所さ。
http://www.senyu-ren.jp/MAGO/MAGO.shtml
追記:「ハルノート」は強硬な内容であったが、日本の感触を探った「たたき台」であり、「最後通牒」ではなかったとワシは考えておる。日本外交の未熟さであったかも知れんし、当時の日本国民の愛国心・プライドが開戦を余儀なくさせたのかも知れん。ま、これは結果論かな?
これは メッセージ 33703 (datuhigashiasia さん)への返信です.