大東亜戦争への想い
投稿者: h76432 投稿日時: 2008/04/13 18:53 投稿番号: [33464 / 73791]
敗戦後も60年になってなぜ、戦争突入を避けられなかったのかという
想いはいよいよ深い。
ハリマン協定を受け入れていれば、とか
第1次大戦でイギリスの要請に
したがってヨーロッパ戦線に陸軍を派遣していれば、とか
リットン報告書を受け入れていれば大戦突入を避けられた
とかいう見方もあるが
1時的に日米関係は好転しても米国の対日圧迫政策を根本的に
変える事は出来なかったと思う。
米国は日露戦争後すぐに日本を仮想敵国にした戦略、戦術を練り、
毎年更新してきた。(オレンジ計画)
また、昭和15年頃から、日本を戦争に引きずり込むための具体的な
施策を次々と実施した。
又、ソ連は日本、米国、支那の軍閥にそれぞれ有能な工作員を
送り込んで共産主義のシンパを養成しスパイに仕立て支那大陸から
日本軍が撤退できないように仕向けた。ゾルゲや尾崎のほかにも
当時の企画院などにもスパイは入り込んでいた。
実に政権の中枢部分に工作員は居た。(現在も同じである)
最後通告となったハルノートの起草者もコミンテルンの工作員であった。
日本は負けたが、日本の戦争意図は実現した。
ドラッガーが指摘しているように勝ったのは日本かもしれない。
しかし、300万人を超す痛ましくも尊い犠牲が出た。
桜の季節には靖国神社に参拝に行く。
裏手のベンチの上には桜がある。
「花の都の靖国神社、春の梢に咲いて会おう」
と口癖のように歌って居た先輩をしのぶ為である。
老い先短い(と言うより余命幾ばくも無い)者に替わって
若い方々が真剣に日本国の
平和と安全と繁栄を考えて戴きたい。
これは メッセージ 33432 (k_g_y_7_naoko さん)への返信です.
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