高宗のドイツ皇帝への手紙が意味するところ
投稿者: may7idaho 投稿日時: 2008/02/21 19:20 投稿番号: [31836 / 73791]
>朕は陛下に苦痛を訴え、ほかの強大国たちとともに弱者の保護者として本国の独立を保障してくれる陛下の友誼を期待しております。そのときには朕と朝鮮の臣民は貴下の誠意を永遠に忘れないと天に向かって誓います。 <
こんな手紙を、堂々と、当時の列強時代に、弱小国の、自称であれ『皇帝』様が同盟国でもない相手に書いたら・・・(苦笑)。
盧武鉉も、ドイツやスウェーデンにコロリと騙されてましたが・・・・
今も昔も、ただの一歩も進歩がないですね〜(大笑)。
ドイツに泣きついた高宗について、日本人の投稿が、実に的を射てます。
『もしドイツが「助けてやる」と言ったらそれはドイツが韓国を植民地にしてやるという意思表示にすぎない。こういう文書のどこが愛国主義なもんか。国を外国に売り渡す申込書と同じだ。そんなことも解らないとはどうしょうもない』
『ドイツに泣きつくということは、ドイツの植民地になりたかったのか?』
それに対して、こういう事をかけらも思いつかない中央日報も凄いですね(苦笑)。
もう、ここまで愚かだと、或る意味、感心しますよ!
盧武鉉も、色々と歴史話で海外で笑い者になりましたが、これからも、『大統領』が外遊して、その無知を笑われる伝統は続くでしょう。
以下、日本人の投稿
>水を見て流れを観ず…実に視野狭窄な韓国な記事ですねぇ。
これって突き詰めたら「日本の代わりにドイツ帝国を宗主国にします」ってことじゃねぇのか?<
>歴史には疎いのですが1905年頃はドイツも中国の遼東半島租借権を有し、アジアにとっては悪い帝国だったはずです。
そのような西欧列強に助けを求めること自体、何を考えているのかと思います。恐らく、日本よりもドイツに支配されたかったのでしょうね。
でも、当時、ドイツは日本から遼東半島を追われることを恐れていたため高宗の手紙を無視したのだと思いますよ。
事実、まもなく始まった第一次世界大戦(1914年)でドイツは日本によりアジアから追い払われましたから。<
>大韓帝国皇帝である高宗の何とも情けない文書、宗主国清はドイツも含む列強に蚕食され、国内は内輪もめ、足の引っ張り合いで疲弊しきった当時の朝鮮の皇帝の情けないザマが良くわかる。
ドイツに泣きつくということは、ドイツの植民地になりたかったのか?<
>国際情勢というか国際認識が子供並みだったという証左。当時ヨーロッパ諸国はアジア植民地獲得競争を行っていたのに、隣がひどいことをするから助けてくれなどと強盗に頼むとは。
もしドイツが「助けてやる」と言ったらそれはドイツが韓国を植民地にしてやるという意思表示にすぎない。こういう文書のどこが愛国主義なもんか。国を外国に売り渡す申込書と同じだ。そんなことも解らないとはどうしょうもない外交音痴国家 だ。<
朝鮮と対比した日本のあり方にも、投稿が。
>もし日本人が朝鮮人と同じ考え方をしたなら日米和親条約も日米修好通商条約も無効だと訴えていただろう。
どちらの不平等条約も米国の武力を後ろ盾にした威圧外交の結果であることは明らかである。
日本は欧米並みの近代国家に生まれ変わることによって不平等を是正しようと考えた。
それに対し、朝鮮は泣きつく事で何とかしようとした。
なぜ韓国が先進国と更新国の狭間をいつまでも彷徨い続けているか分かるような気がする。<
以下の、たった一行の投稿も、実に状況をよく言い表しています(笑)。
>高宗の生涯の伝記を「アホウ一代記」と名付けて発売すれば1冊買いたいよ。<
こんな手紙を、堂々と、当時の列強時代に、弱小国の、自称であれ『皇帝』様が同盟国でもない相手に書いたら・・・(苦笑)。
盧武鉉も、ドイツやスウェーデンにコロリと騙されてましたが・・・・
今も昔も、ただの一歩も進歩がないですね〜(大笑)。
ドイツに泣きついた高宗について、日本人の投稿が、実に的を射てます。
『もしドイツが「助けてやる」と言ったらそれはドイツが韓国を植民地にしてやるという意思表示にすぎない。こういう文書のどこが愛国主義なもんか。国を外国に売り渡す申込書と同じだ。そんなことも解らないとはどうしょうもない』
『ドイツに泣きつくということは、ドイツの植民地になりたかったのか?』
それに対して、こういう事をかけらも思いつかない中央日報も凄いですね(苦笑)。
もう、ここまで愚かだと、或る意味、感心しますよ!
盧武鉉も、色々と歴史話で海外で笑い者になりましたが、これからも、『大統領』が外遊して、その無知を笑われる伝統は続くでしょう。
以下、日本人の投稿
>水を見て流れを観ず…実に視野狭窄な韓国な記事ですねぇ。
これって突き詰めたら「日本の代わりにドイツ帝国を宗主国にします」ってことじゃねぇのか?<
>歴史には疎いのですが1905年頃はドイツも中国の遼東半島租借権を有し、アジアにとっては悪い帝国だったはずです。
そのような西欧列強に助けを求めること自体、何を考えているのかと思います。恐らく、日本よりもドイツに支配されたかったのでしょうね。
でも、当時、ドイツは日本から遼東半島を追われることを恐れていたため高宗の手紙を無視したのだと思いますよ。
事実、まもなく始まった第一次世界大戦(1914年)でドイツは日本によりアジアから追い払われましたから。<
>大韓帝国皇帝である高宗の何とも情けない文書、宗主国清はドイツも含む列強に蚕食され、国内は内輪もめ、足の引っ張り合いで疲弊しきった当時の朝鮮の皇帝の情けないザマが良くわかる。
ドイツに泣きつくということは、ドイツの植民地になりたかったのか?<
>国際情勢というか国際認識が子供並みだったという証左。当時ヨーロッパ諸国はアジア植民地獲得競争を行っていたのに、隣がひどいことをするから助けてくれなどと強盗に頼むとは。
もしドイツが「助けてやる」と言ったらそれはドイツが韓国を植民地にしてやるという意思表示にすぎない。こういう文書のどこが愛国主義なもんか。国を外国に売り渡す申込書と同じだ。そんなことも解らないとはどうしょうもない外交音痴国家 だ。<
朝鮮と対比した日本のあり方にも、投稿が。
>もし日本人が朝鮮人と同じ考え方をしたなら日米和親条約も日米修好通商条約も無効だと訴えていただろう。
どちらの不平等条約も米国の武力を後ろ盾にした威圧外交の結果であることは明らかである。
日本は欧米並みの近代国家に生まれ変わることによって不平等を是正しようと考えた。
それに対し、朝鮮は泣きつく事で何とかしようとした。
なぜ韓国が先進国と更新国の狭間をいつまでも彷徨い続けているか分かるような気がする。<
以下の、たった一行の投稿も、実に状況をよく言い表しています(笑)。
>高宗の生涯の伝記を「アホウ一代記」と名付けて発売すれば1冊買いたいよ。<
これは メッセージ 31828 (toriaezuitteokou さん)への返信です.