悲惨な韓国のボクサー達
投稿者: may7idaho 投稿日時: 2007/12/27 10:10 投稿番号: [28552 / 73791]
伝統的に戦い、戦争、格闘技に、信じられないくらい弱い朝鮮民族。
ボクシングも日本、メキシコ、タイ、フィリピン、どことやっても、一方的に弱い・・・
その上、貧困に耐えたボクサーに待っている、お定まりのボクシング組織側の基金の使い込み。
『韓国拳闘委員会からもらうべき手術費などの健康保護基金をもらえない状況だからだ。
1950年代以来、選手らのファイトマネーから1%ずつ天引きして約1億ウォンの積立金があったが、拳闘委員会が内部葛藤による訴訟や基金流用などで、少し前にほとんどなくしたからだ』
当然ながら、傷病の多いプロ・ボクシングの「健康保護基金」なるものが、50年代以来、積み立てて、たったの1億ウォン(役1200万円。笑)で放置されてるというのも、お笑い沙汰ですが、それさえ「流用」。
現実となると、お話にならない、お寒い限りの話ししか出てこない民族らしい事ではありますが、それにしても、お粗末(苦笑)。
いつもの事ながら、どうしようもないですね。使い込み、横領が横行。
サムスンや現代グループのオーナーファミリーから税務長官、各税務署(笑)、さらに、ボクサーの健康保険基金まで・・・
こんな体たらくですから、プロ・ボクサーも育つわけがないですね。
『最後のハングリーボクサーよ、目覚めよう!我々のチャンプ!
「眠れないんです」。どうしてかと理由を聞く質問に対し、彼はもどかしそうにどもった。「どうしてかというと…たぶん分からないでしょう。あまりにもお腹が空いて、疲れて…。本当に分かってもらえないんですよ」
彼は数ヵ月間、数百キロのロードワークを実施し、数百回のスパーリングをこなした。35歳という年齢を克服するための体力トレーニングは厳しかった。挑戦者の試合ビデオを70回以上見た。どうして引退しないのかという質問に、彼は「あまりにも大変で、僕がどうしてこの道を行かなければならないか自問する時が多いです。しかし、行かなければならないんです」と答えたりした。
4男2女の5番目の彼は、一家の大黒柱だった。2002年、経済事情が悪化して家族が家まで失った。「引越しをするお金もなかったんです」。
当時、世界ボクシング評議会(WBC)ライトフライト級チャンピオンだった彼は、3度目の防衛対戦料などを全てはたいて家を用意し、家族を救った。
厳しい状況でも弟のキョンホ氏をニュージーランドへゴルフ留学させ、毎月150万ウォンを仕送りしながら、3年間世話をした。
「僕が弟をそのように育てました」。弟はプロゴルファーになって帰国した後、マネージメント会社を立ち上げて直接兄のマネージャーになった。今回の試合を控えて、崔堯三(チェ・ヨサム)が夜眠れない度に、兄弟は一緒に夜を明かした。
その都度、2人は「立派に生きよう」と誓った。
結婚もせずリングの上に上がっていた彼は、「来年、弟が結婚します。世界チャンピオンになって、贈り物をしたいです」と言っていた。
崔堯三は2002年、4度目の防衛戦に失敗してタイトルを失った。以後、さらに2度、世界タイトルに挑戦したものの、失敗に終わった。
もう一度世界タイトルマッチをするのが夢だったが、数年間、非人気種目ということでスポンサーが見つからず、ことあるごとに霧散した。
やっとの思いでスポンサーを見つけた今回の試合を控えて、彼は、「人々が何を望んでいるのか知っている。大変ですが最善を尽くします」と話した。
25日、リングの上に上がる直前、彼は拳を持ち上げ、「いいです」と自信を示した。しかし、彼は26日現在、脳手術を受けた後、意識不明の状態だ。
彼の家族は治療費を心配しなければならない状況だ。
韓国拳闘委員会からもらうべき手術費などの健康保護基金をもらえない状況だからだ。
1950年代以来、選手らのファイトマネーから1%ずつ天引きして約1億ウォンの積立金があったが、拳闘委員会が内部葛藤による訴訟や基金流用などで、少し前にほとんどなくしたからだ。』
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2007122764718
ボクシングも日本、メキシコ、タイ、フィリピン、どことやっても、一方的に弱い・・・
その上、貧困に耐えたボクサーに待っている、お定まりのボクシング組織側の基金の使い込み。
『韓国拳闘委員会からもらうべき手術費などの健康保護基金をもらえない状況だからだ。
1950年代以来、選手らのファイトマネーから1%ずつ天引きして約1億ウォンの積立金があったが、拳闘委員会が内部葛藤による訴訟や基金流用などで、少し前にほとんどなくしたからだ』
当然ながら、傷病の多いプロ・ボクシングの「健康保護基金」なるものが、50年代以来、積み立てて、たったの1億ウォン(役1200万円。笑)で放置されてるというのも、お笑い沙汰ですが、それさえ「流用」。
現実となると、お話にならない、お寒い限りの話ししか出てこない民族らしい事ではありますが、それにしても、お粗末(苦笑)。
いつもの事ながら、どうしようもないですね。使い込み、横領が横行。
サムスンや現代グループのオーナーファミリーから税務長官、各税務署(笑)、さらに、ボクサーの健康保険基金まで・・・
こんな体たらくですから、プロ・ボクサーも育つわけがないですね。
『最後のハングリーボクサーよ、目覚めよう!我々のチャンプ!
「眠れないんです」。どうしてかと理由を聞く質問に対し、彼はもどかしそうにどもった。「どうしてかというと…たぶん分からないでしょう。あまりにもお腹が空いて、疲れて…。本当に分かってもらえないんですよ」
彼は数ヵ月間、数百キロのロードワークを実施し、数百回のスパーリングをこなした。35歳という年齢を克服するための体力トレーニングは厳しかった。挑戦者の試合ビデオを70回以上見た。どうして引退しないのかという質問に、彼は「あまりにも大変で、僕がどうしてこの道を行かなければならないか自問する時が多いです。しかし、行かなければならないんです」と答えたりした。
4男2女の5番目の彼は、一家の大黒柱だった。2002年、経済事情が悪化して家族が家まで失った。「引越しをするお金もなかったんです」。
当時、世界ボクシング評議会(WBC)ライトフライト級チャンピオンだった彼は、3度目の防衛対戦料などを全てはたいて家を用意し、家族を救った。
厳しい状況でも弟のキョンホ氏をニュージーランドへゴルフ留学させ、毎月150万ウォンを仕送りしながら、3年間世話をした。
「僕が弟をそのように育てました」。弟はプロゴルファーになって帰国した後、マネージメント会社を立ち上げて直接兄のマネージャーになった。今回の試合を控えて、崔堯三(チェ・ヨサム)が夜眠れない度に、兄弟は一緒に夜を明かした。
その都度、2人は「立派に生きよう」と誓った。
結婚もせずリングの上に上がっていた彼は、「来年、弟が結婚します。世界チャンピオンになって、贈り物をしたいです」と言っていた。
崔堯三は2002年、4度目の防衛戦に失敗してタイトルを失った。以後、さらに2度、世界タイトルに挑戦したものの、失敗に終わった。
もう一度世界タイトルマッチをするのが夢だったが、数年間、非人気種目ということでスポンサーが見つからず、ことあるごとに霧散した。
やっとの思いでスポンサーを見つけた今回の試合を控えて、彼は、「人々が何を望んでいるのか知っている。大変ですが最善を尽くします」と話した。
25日、リングの上に上がる直前、彼は拳を持ち上げ、「いいです」と自信を示した。しかし、彼は26日現在、脳手術を受けた後、意識不明の状態だ。
彼の家族は治療費を心配しなければならない状況だ。
韓国拳闘委員会からもらうべき手術費などの健康保護基金をもらえない状況だからだ。
1950年代以来、選手らのファイトマネーから1%ずつ天引きして約1億ウォンの積立金があったが、拳闘委員会が内部葛藤による訴訟や基金流用などで、少し前にほとんどなくしたからだ。』
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2007122764718
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.