『米中石油戦争がはじまった』
投稿者: yukidoke88jp 投稿日時: 2007/11/11 17:19 投稿番号: [25635 / 73791]
トピズレ失礼。
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/d/20071111
『米中石油戦争がはじまった』 日高義樹(著) クリントン大統領は
中国と協力して日本を経済的な二流国家におとしめようと考えた。
中国の人民元を大幅に切り下げたのはクリントン大統領だった。一九九三年一月に登場してからほぼ一年後、クリントン大統領は中国政府の強い要望を入れて、それまで一ドル五.・七二人民元であった交換レートを一挙に六〇パーセント切り下げた。一ドルを八・七二元にしてしまったのである。
こうしたクリントン大統領の暴挙に近い切り下げは、明らかに日本に対する悪意に基づいていた。クリントン大統領は日本が嫌いで中国が好きだったことで知られている。彼は中国と協力して日本を経済的な二流国家におとしめようと考えた。そこで中国の経済力を拡大し、輸出を増やすために人民元を一挙に切り下げたのである。
この頃日本国内では、中国人民元のレートにまで関心を持つ人はあまりいなかった。マスコミもほとんど注目しなかったが、人民元が六〇パーセントも切り下げられたので、中国は貿易上きわめて有利な立場に立った。
このほかクリントン大統領はアメリカの最新技術を中国に輸出することを許可した。中国が日本の技術に対抗する製品をつくるのを助けたのである。もっともクリントン大統領はこれをやりすぎてしまった。中国自身ではとうてい開発できないミサイルの三段目の姿勢制御技術まで中国に売ってしまったのである。
この結果中国は、アメリカ本土を攻撃できるミサイルの開発に成功した。言い換えれば、クリントン大統領はアメリカの安全を中国に売ったことになる。ところでこうした話を聞くたびに私が思い出す人物がいる。終戦後の日本にCIAがやってくる前に、ソビェトや中国、北朝鮮のスパイを相手にしていたマッカーサー元帥のお庭番、キャノン機関の親玉、ジャツク・キヤノン中佐である。
「アメリカ人というのは、相手がこっちのノドを絞めるつもりで買うローブだろうと、儲けになりさえすれば、そのロープを売るんだ」
クリントン大統領がやったのはまさにこれに等しい。話がそれるがここでキャノン中佐・がいった忘れがたい言葉をもう二つほどお伝えしたい。私がキャノン中佐にインタビューしたのはNHK時代のことだが、彼は大統領をはじめ私が会ったアメリカのVIPの誰よりも含蓄のある言葉を口にした。
私が「日本について思い出すことは」と尋ねたとき、彼はこう答えた。「印象的だったのは日本人の生産性だ。日本に初めて着いたとき、マッカーサー司令部のあった東京の第一生命ビルと神奈川県庁の間には建物らしいものは何一つなかった。六年たって日本を離れたとき、ほとんどの建物が再建されていた。三三キロの間全部に」
キャノンは日本人について「最初に思ったのは極東で最も進歩した人々だということ。次に礼儀正しく威厳をもって生き、威厳をもって死ぬことを知っている人々だと思った」と述べ、「いまの日本についてどう思いますか」という質問にこう答えた。
「自分の力を頼りにするべきだ。自衛のために武装したほうがいい。核兵器を持ったほうがよい。大きなサソリになるのさ。殺されるかもしれないが、そのときには目にもの見せてやるだけのことはしなきゃいけない。どんなに小さな国だろうが、攻撃をしかけたらひどい反撃を食らうかもしれないと考えたら、攻撃をしかける側も考えるだろうからね。考えてみたまえ、平和を望む人問は常に戦いに備えていなくてはいけないんだ。自由な人間でないかぎり威厳をもって死ぬことはできないんだ」
あれから二十数年、日本の人々もようやく彼の言葉を理解しはじめているように見える。
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/d/20071111
『米中石油戦争がはじまった』 日高義樹(著) クリントン大統領は
中国と協力して日本を経済的な二流国家におとしめようと考えた。
中国の人民元を大幅に切り下げたのはクリントン大統領だった。一九九三年一月に登場してからほぼ一年後、クリントン大統領は中国政府の強い要望を入れて、それまで一ドル五.・七二人民元であった交換レートを一挙に六〇パーセント切り下げた。一ドルを八・七二元にしてしまったのである。
こうしたクリントン大統領の暴挙に近い切り下げは、明らかに日本に対する悪意に基づいていた。クリントン大統領は日本が嫌いで中国が好きだったことで知られている。彼は中国と協力して日本を経済的な二流国家におとしめようと考えた。そこで中国の経済力を拡大し、輸出を増やすために人民元を一挙に切り下げたのである。
この頃日本国内では、中国人民元のレートにまで関心を持つ人はあまりいなかった。マスコミもほとんど注目しなかったが、人民元が六〇パーセントも切り下げられたので、中国は貿易上きわめて有利な立場に立った。
このほかクリントン大統領はアメリカの最新技術を中国に輸出することを許可した。中国が日本の技術に対抗する製品をつくるのを助けたのである。もっともクリントン大統領はこれをやりすぎてしまった。中国自身ではとうてい開発できないミサイルの三段目の姿勢制御技術まで中国に売ってしまったのである。
この結果中国は、アメリカ本土を攻撃できるミサイルの開発に成功した。言い換えれば、クリントン大統領はアメリカの安全を中国に売ったことになる。ところでこうした話を聞くたびに私が思い出す人物がいる。終戦後の日本にCIAがやってくる前に、ソビェトや中国、北朝鮮のスパイを相手にしていたマッカーサー元帥のお庭番、キャノン機関の親玉、ジャツク・キヤノン中佐である。
「アメリカ人というのは、相手がこっちのノドを絞めるつもりで買うローブだろうと、儲けになりさえすれば、そのロープを売るんだ」
クリントン大統領がやったのはまさにこれに等しい。話がそれるがここでキャノン中佐・がいった忘れがたい言葉をもう二つほどお伝えしたい。私がキャノン中佐にインタビューしたのはNHK時代のことだが、彼は大統領をはじめ私が会ったアメリカのVIPの誰よりも含蓄のある言葉を口にした。
私が「日本について思い出すことは」と尋ねたとき、彼はこう答えた。「印象的だったのは日本人の生産性だ。日本に初めて着いたとき、マッカーサー司令部のあった東京の第一生命ビルと神奈川県庁の間には建物らしいものは何一つなかった。六年たって日本を離れたとき、ほとんどの建物が再建されていた。三三キロの間全部に」
キャノンは日本人について「最初に思ったのは極東で最も進歩した人々だということ。次に礼儀正しく威厳をもって生き、威厳をもって死ぬことを知っている人々だと思った」と述べ、「いまの日本についてどう思いますか」という質問にこう答えた。
「自分の力を頼りにするべきだ。自衛のために武装したほうがいい。核兵器を持ったほうがよい。大きなサソリになるのさ。殺されるかもしれないが、そのときには目にもの見せてやるだけのことはしなきゃいけない。どんなに小さな国だろうが、攻撃をしかけたらひどい反撃を食らうかもしれないと考えたら、攻撃をしかける側も考えるだろうからね。考えてみたまえ、平和を望む人問は常に戦いに備えていなくてはいけないんだ。自由な人間でないかぎり威厳をもって死ぬことはできないんだ」
あれから二十数年、日本の人々もようやく彼の言葉を理解しはじめているように見える。
これは メッセージ 25631 (yukidoke88jp さん)への返信です.