98年訪日時の金大中・参議院での演説
投稿者: may7idaho 投稿日時: 2007/10/31 16:05 投稿番号: [24973 / 73791]
98年10月に日本を訪れた金大中は、当時、参議院で演説をしたんですが、本人もこれを、本当に忘れているか、なかったふりをしているんでしょうが、なかなか、面白いです。
『私は、私の生命と安全を守って下さるため、長い期間にわたって努力を惜しまれなかった日本国民と言論、そして日本政府の御恩を、決して忘れることができません。
日本国民の皆様に厚く御礼を申しあげます。』
(同一人物の言動か? 笑)
さらに、
『外貨危機を克服する過程で、日本の支援が大きな力となりました。
日本は、韓国の短期債務延長にあたり、(日本分を)中長期債務に転換して下さいました。
世界のどの国よりも、多くの協力をして下さったのであります。
私はこの席をかりて、改めて、日本の積極的で誠意のこもったご協力に対し、衷心より感謝の意を表する次第であります。』
当時は、まだ、借款帳消しや、日本側の投資や協力を仰ごうと、馬鹿な望みを抱いていた時(結局、短期外債の返済条件変更以外はなし。短期外債も一銭もまけず。金大中が望んだ借款帳消し、借款金利帳消しもなし。むしろ、他の条件で日本側がかなり得をした。とりっぱぐれも防止。笑)ですから、日本側の顔色を伺っているのがありありとしています。
『尊い民主主義を守り抜く(金大中演説の抜粋)
尊敬する斎藤十朗参議院議長閣下、伊藤宗一郎衆議院議長閣下、並びに衆参両院の議員の皆様。
私は本日、日本の民主主義の本山であり、由緒深い歴史の現場である、ここ国会議事堂の壇上に立つことができましたのを、この上ない光栄に存じます。
25年前の東京拉致事件と、80年の死刑宣告をはじめとする民主化闘争の過程で、生命を失いかけた私が、今、大韓民国の大統領としてこの席に臨んでみますと、感慨無量な心情を禁じ得ません。
私は、私の生命と安全を守って下さるため、長い期間にわたって努力を惜しまれなかった日本国民と言論、そして日本政府の御恩を、決して忘れることができません。
本日、このように、日本国民を代表される議員の皆様に、感謝の意を表する機会を得まして、私は長年の宿願をかなえたようで、この上ない喜びに浸っております。
日本国民の皆様に厚く御礼を申しあげます。
尊敬する両院議長、議員皆様。
日本は興亡盛衰の近代史を経て、今や世界の中心国家として確固たる位置を占めています。
日本は、明治維新で独自の近代化に成功し、西欧の文物を受容して大きな発展を遂げました。
しかしながら、当時の日本は帝国主義と戦争の道を選択することにより、日本国民はもとより、韓国を含めたアジア諸国の国民に大きな犠牲と苦痛を与えました。
第二次世界大戦後、日本は変わりました。日本国民は汗と涙を流して、議会民主主義の発展と共に、世界が驚く経済成長を遂げました。
そしてついに世界第二位の経済大国となった日本は、アジア各国の国民に、無限の可能性と希望の道標を示したのであります。
今の日本は、発展途上国に対する世界最大の経済援助国として、自国の経済力にふさわしい国際的役割を、忠実に履行しています。また、
人類史上初めて、原爆の被害を体験した日本国民は、常に平和憲法を守り、非核平和主義の原則を固守してこられました。
戦前の日本と戦後の日本は、実に克明な対照をなしています。
私は、戦後の日本国民と指導者たちが注いだ、血のにじむような努力に、深い敬意を表する次第であります。
昨年12月19日、私が当選した時、わが国の外債総額は実に1550億ドルに達していました。
すぐに返済すべき短期外債だけでも、230億ドル以上であったのに対して、外貨保有高はわずか38億ドルに過ぎませんでした。
そのような外貨危機を克服する過程で、日本の支援が大きな力となりました。
日本は、韓国の短期債務延長にあたり、(日本分を)中長期債務に転換して下さいました。
世界のどの国よりも、多くの協力をして下さったのであります。
「苦しい時の友人が真の友人」という言葉があります。
私はこの席をかりて、改めて、日本の積極的で誠意のこもったご協力に対し、衷心より感謝の意を表する次第であります。』
『私は、私の生命と安全を守って下さるため、長い期間にわたって努力を惜しまれなかった日本国民と言論、そして日本政府の御恩を、決して忘れることができません。
日本国民の皆様に厚く御礼を申しあげます。』
(同一人物の言動か? 笑)
さらに、
『外貨危機を克服する過程で、日本の支援が大きな力となりました。
日本は、韓国の短期債務延長にあたり、(日本分を)中長期債務に転換して下さいました。
世界のどの国よりも、多くの協力をして下さったのであります。
私はこの席をかりて、改めて、日本の積極的で誠意のこもったご協力に対し、衷心より感謝の意を表する次第であります。』
当時は、まだ、借款帳消しや、日本側の投資や協力を仰ごうと、馬鹿な望みを抱いていた時(結局、短期外債の返済条件変更以外はなし。短期外債も一銭もまけず。金大中が望んだ借款帳消し、借款金利帳消しもなし。むしろ、他の条件で日本側がかなり得をした。とりっぱぐれも防止。笑)ですから、日本側の顔色を伺っているのがありありとしています。
『尊い民主主義を守り抜く(金大中演説の抜粋)
尊敬する斎藤十朗参議院議長閣下、伊藤宗一郎衆議院議長閣下、並びに衆参両院の議員の皆様。
私は本日、日本の民主主義の本山であり、由緒深い歴史の現場である、ここ国会議事堂の壇上に立つことができましたのを、この上ない光栄に存じます。
25年前の東京拉致事件と、80年の死刑宣告をはじめとする民主化闘争の過程で、生命を失いかけた私が、今、大韓民国の大統領としてこの席に臨んでみますと、感慨無量な心情を禁じ得ません。
私は、私の生命と安全を守って下さるため、長い期間にわたって努力を惜しまれなかった日本国民と言論、そして日本政府の御恩を、決して忘れることができません。
本日、このように、日本国民を代表される議員の皆様に、感謝の意を表する機会を得まして、私は長年の宿願をかなえたようで、この上ない喜びに浸っております。
日本国民の皆様に厚く御礼を申しあげます。
尊敬する両院議長、議員皆様。
日本は興亡盛衰の近代史を経て、今や世界の中心国家として確固たる位置を占めています。
日本は、明治維新で独自の近代化に成功し、西欧の文物を受容して大きな発展を遂げました。
しかしながら、当時の日本は帝国主義と戦争の道を選択することにより、日本国民はもとより、韓国を含めたアジア諸国の国民に大きな犠牲と苦痛を与えました。
第二次世界大戦後、日本は変わりました。日本国民は汗と涙を流して、議会民主主義の発展と共に、世界が驚く経済成長を遂げました。
そしてついに世界第二位の経済大国となった日本は、アジア各国の国民に、無限の可能性と希望の道標を示したのであります。
今の日本は、発展途上国に対する世界最大の経済援助国として、自国の経済力にふさわしい国際的役割を、忠実に履行しています。また、
人類史上初めて、原爆の被害を体験した日本国民は、常に平和憲法を守り、非核平和主義の原則を固守してこられました。
戦前の日本と戦後の日本は、実に克明な対照をなしています。
私は、戦後の日本国民と指導者たちが注いだ、血のにじむような努力に、深い敬意を表する次第であります。
昨年12月19日、私が当選した時、わが国の外債総額は実に1550億ドルに達していました。
すぐに返済すべき短期外債だけでも、230億ドル以上であったのに対して、外貨保有高はわずか38億ドルに過ぎませんでした。
そのような外貨危機を克服する過程で、日本の支援が大きな力となりました。
日本は、韓国の短期債務延長にあたり、(日本分を)中長期債務に転換して下さいました。
世界のどの国よりも、多くの協力をして下さったのであります。
「苦しい時の友人が真の友人」という言葉があります。
私はこの席をかりて、改めて、日本の積極的で誠意のこもったご協力に対し、衷心より感謝の意を表する次第であります。』
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.