>〜釜山なら最適でつ〜 避難計画の一環
投稿者: may7idaho 投稿日時: 2007/10/20 11:20 投稿番号: [24412 / 73791]
>>しかし、この領事館には米国人領事1人と韓国人職員2人が勤務するだけで、ビザ発給業務は取り扱わず、自国民保護と文化交流、留学・移民情報の提供などの業務のみを行う。<
なんかきな臭いでつ〜(笑<
PAC3の在韓主力部隊も光州から、日本海側の慶州・倭館(釜山から近い)に移転してますし、ほぼ同時期に、在韓日本人と米国人の、釜山経由の退避計画も策定。
PAC3は日本海側に移りましたから、当然、日本を守るのが任務。
短距離ミサイルが釜山を狙った時の防衛でもあるでしょうね。
自衛隊、米軍が具体的に計画に組み込まれていますから、数年以内の事を想定しているはずです。
これらの計画についても、これまた、韓国政府、韓国軍の協力を一切想定していない、韓国政府、韓国軍の名前が一切出てこない(笑)のがミソですね。
北朝鮮の攻撃だけでなく、韓国経済が再度崩壊して、無政府状態、無法状態になった時(確率はかなり高い。しかも、そうなると必ず、略奪、虐殺、暴行がつきまとう民族)の退避計画でもあるでしょう。
『米軍・砲兵旅団、パトリオット部隊、慶北倭館に移転
(光州=連合ニュース、06/10/13) 光州に駐屯していた在韓米軍のパトリオットミサイル部隊が13日に任務終了式を行ない撤収した。
在韓米軍はこの日の午前、光州空軍第1戦闘飛行団のデヴィッドベルコード米第8軍司令官とゾンロッシー第35防空砲旅団長、 二等兵化光州市政務副市長、李ボンウォン第31師団長らが参加し、任務終了式を行った。
この日の任務終了式は、アメリカ軍の演奏と映像物上映・記念辞及び祝辞に続き、韓国軍と地域団体の挨拶つに対する謝将伝達の順に進められた。
ベルコード米第8軍司令官は激励辞で「歴史の節目にあたり、韓米同盟の新しい歴史を作るきっかけになる。」と言い「我が家のように思った光州を去る事に、暖かく歓待してくださった光州市民に感謝の言葉を申し上げる。」と言った。
パク・ヨンチョル韓米友好協会光州支会長は歓送会で「韓米同盟のために”一緒に行こう”と言う言葉を忘れなかったらと思う。」 「光州を発っても、光州市民を忘れないように願う。」と言った。
去る2004年から光州に駐屯した米軍のパトリオットミサイル部隊は予想より1年早く、23ヶ月で撤収する事になった。
パトリオットミサイルと部隊員の大部分は慶北倭館米軍部隊”キャンプキャロル”に移転する。
米軍部隊がこのように早期移転を決めるようになったの、基地統廃合など米軍側の戦略的判断と劣悪な附帯施設に対する将兵たちの不満、反米感情など地域情緒などが影響を及ぼしたことが原因だ。
国内反戦団体と大学生、労動者らは部隊の駐屯当時に強烈な反対デモを起こし、以後毎週金曜日に部隊正門で10人余りのデモ隊らが反対集会を行ってきた。』
『朝鮮半島有事、日米が民間人退避で協力
日米両政府は、朝鮮半島有事に備えて、韓国在住の日米民間人の退避計画を策定し、相互の協力体制を整える作業を開始した。
退避する米国人を一時的に日本で受け入れる一方、米軍機・艦船が邦人輸送に協力する方向。
また、2002年策定の自衛隊と米軍の朝鮮半島有事の計画を実行可能なレベルに引き上げるため、今秋までに抜本的に改定し、民間人の退避計画も反映する。
米軍が有事に使用する日本国内の民間空港・港湾を特定するとともに、ミサイル防衛の共同対処方法を定め、「有事への備え」を強化する。
退避計画の策定作業は、昨年の北朝鮮のミサイル発射や核実験に伴う朝鮮半島情勢の緊迫化を踏まえ、昨年末に始まった。
韓国に在住・滞在する邦人は約3万人で、米国人は約8万5000人(在韓米軍兵を除く)に上る。
政府は、〈1〉軍事的緊張の前に、できるだけ多くの邦人と米国人を商用機で日本に退避させる〈2〉その後もソウルなどに残った民間人は、米軍機で日本に運ぶか、陸路で韓国南部の釜山などに移送後、米軍艦船などで輸送する――手順を想定している。自衛隊の輸送機や輸送艦の使用も検討する。
退避者を受け入れる日本の空港・港湾の選定や、円滑な税関・出入国・検疫手続き、負傷者の治療体制づくりも急ぐ。
一方、改定される有事計画は、米軍のコード番号を記した「概念計画5055」。朝鮮半島有事の対米支援と、北朝鮮の特殊工作員によるテロ対策が柱だ。
日米両政府は昨年9月、計画の抜本改定に基本合意。日本側は11月下旬、外務、防衛、国土交通など関係8省庁の会議を開き、政府全体で計画改定に取り組む方針を確認した。
米軍は、有事のレベルに応じて2段階で計30か所前後の民間空港・港湾の使用を要望し、今春からの現地調査を提案している。』
(2007年1月5日3時4分 読売新聞)
なんかきな臭いでつ〜(笑<
PAC3の在韓主力部隊も光州から、日本海側の慶州・倭館(釜山から近い)に移転してますし、ほぼ同時期に、在韓日本人と米国人の、釜山経由の退避計画も策定。
PAC3は日本海側に移りましたから、当然、日本を守るのが任務。
短距離ミサイルが釜山を狙った時の防衛でもあるでしょうね。
自衛隊、米軍が具体的に計画に組み込まれていますから、数年以内の事を想定しているはずです。
これらの計画についても、これまた、韓国政府、韓国軍の協力を一切想定していない、韓国政府、韓国軍の名前が一切出てこない(笑)のがミソですね。
北朝鮮の攻撃だけでなく、韓国経済が再度崩壊して、無政府状態、無法状態になった時(確率はかなり高い。しかも、そうなると必ず、略奪、虐殺、暴行がつきまとう民族)の退避計画でもあるでしょう。
『米軍・砲兵旅団、パトリオット部隊、慶北倭館に移転
(光州=連合ニュース、06/10/13) 光州に駐屯していた在韓米軍のパトリオットミサイル部隊が13日に任務終了式を行ない撤収した。
在韓米軍はこの日の午前、光州空軍第1戦闘飛行団のデヴィッドベルコード米第8軍司令官とゾンロッシー第35防空砲旅団長、 二等兵化光州市政務副市長、李ボンウォン第31師団長らが参加し、任務終了式を行った。
この日の任務終了式は、アメリカ軍の演奏と映像物上映・記念辞及び祝辞に続き、韓国軍と地域団体の挨拶つに対する謝将伝達の順に進められた。
ベルコード米第8軍司令官は激励辞で「歴史の節目にあたり、韓米同盟の新しい歴史を作るきっかけになる。」と言い「我が家のように思った光州を去る事に、暖かく歓待してくださった光州市民に感謝の言葉を申し上げる。」と言った。
パク・ヨンチョル韓米友好協会光州支会長は歓送会で「韓米同盟のために”一緒に行こう”と言う言葉を忘れなかったらと思う。」 「光州を発っても、光州市民を忘れないように願う。」と言った。
去る2004年から光州に駐屯した米軍のパトリオットミサイル部隊は予想より1年早く、23ヶ月で撤収する事になった。
パトリオットミサイルと部隊員の大部分は慶北倭館米軍部隊”キャンプキャロル”に移転する。
米軍部隊がこのように早期移転を決めるようになったの、基地統廃合など米軍側の戦略的判断と劣悪な附帯施設に対する将兵たちの不満、反米感情など地域情緒などが影響を及ぼしたことが原因だ。
国内反戦団体と大学生、労動者らは部隊の駐屯当時に強烈な反対デモを起こし、以後毎週金曜日に部隊正門で10人余りのデモ隊らが反対集会を行ってきた。』
『朝鮮半島有事、日米が民間人退避で協力
日米両政府は、朝鮮半島有事に備えて、韓国在住の日米民間人の退避計画を策定し、相互の協力体制を整える作業を開始した。
退避する米国人を一時的に日本で受け入れる一方、米軍機・艦船が邦人輸送に協力する方向。
また、2002年策定の自衛隊と米軍の朝鮮半島有事の計画を実行可能なレベルに引き上げるため、今秋までに抜本的に改定し、民間人の退避計画も反映する。
米軍が有事に使用する日本国内の民間空港・港湾を特定するとともに、ミサイル防衛の共同対処方法を定め、「有事への備え」を強化する。
退避計画の策定作業は、昨年の北朝鮮のミサイル発射や核実験に伴う朝鮮半島情勢の緊迫化を踏まえ、昨年末に始まった。
韓国に在住・滞在する邦人は約3万人で、米国人は約8万5000人(在韓米軍兵を除く)に上る。
政府は、〈1〉軍事的緊張の前に、できるだけ多くの邦人と米国人を商用機で日本に退避させる〈2〉その後もソウルなどに残った民間人は、米軍機で日本に運ぶか、陸路で韓国南部の釜山などに移送後、米軍艦船などで輸送する――手順を想定している。自衛隊の輸送機や輸送艦の使用も検討する。
退避者を受け入れる日本の空港・港湾の選定や、円滑な税関・出入国・検疫手続き、負傷者の治療体制づくりも急ぐ。
一方、改定される有事計画は、米軍のコード番号を記した「概念計画5055」。朝鮮半島有事の対米支援と、北朝鮮の特殊工作員によるテロ対策が柱だ。
日米両政府は昨年9月、計画の抜本改定に基本合意。日本側は11月下旬、外務、防衛、国土交通など関係8省庁の会議を開き、政府全体で計画改定に取り組む方針を確認した。
米軍は、有事のレベルに応じて2段階で計30か所前後の民間空港・港湾の使用を要望し、今春からの現地調査を提案している。』
(2007年1月5日3時4分 読売新聞)
これは メッセージ 24409 (kaipanndeka422 さん)への返信です.