中央日報殿、当時の学徒勤労動員<追加
投稿者: k_g_y_7_naoko 投稿日時: 2007/10/18 15:44 投稿番号: [24343 / 73791]
投稿者:爺
ゴム短靴のことは話したから、女の子の髪型だが、これはお下げ髪といって、髪の多少長い女の子は、髪を頭の上で真ん中から左右に分けて編んでおった。この人形の髪型はまさにそのお下げ髪であろう。孫娘も小・中学校の頃はお下げ髪であった。他におかっぱというのがあって、これは襟足を短く刈り上げたスタイルであった。先に参考として添付したミシンを踏む女子学生の写真は、このおかっぱである。
服装は、上衣が学校の制服で、下はもんぺが多い。朝鮮人学徒の制服、たとえば男子の爪入りで金ボタンの黒の制服は、日本の学生の制服をそのまま朝鮮人学徒に適用したものである。女学生も同じ。李氏朝鮮時代は当時の日本のような義務教育というものがなく、ほとんどの子供達は学校で勉強することはなかったし、文盲率が極めて高かった。朝鮮人のほとんどが読み書きできなかったのである。義務教育制度を朝鮮に持ち込んだのは、当時の日本である。
ちなみに柔剣道もその当時に日本が朝鮮半島に持ち込んだ。戦後も、韓国の人件費が安かったから、剣道着や防具も韓国に技術指導し、下請けに出しておる。特に「手差し」は手間ひまがかかる作業のため、韓国に出す場合が多かった。
これは メッセージ 24340 (k_g_y_7_naoko さん)への返信です.
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