堕ちてゆく盧武鉉①
投稿者: mochikokuhou02 投稿日時: 2006/09/18 19:38 投稿番号: [2401 / 73791]
♪統制権返還、まんせー
米軍が急ぐ背景は、盧武鉉の在任中にまとめてしまおうということだ。次の指導者が別のことを言い出したら困るのである。健忘症は、信用のない国ではよくあることだ。
日米はすでに韓国を見放した。恩を仇で返す韓国式の歴史観を実感し、朝鮮有事には「韓国を保護国として人道的に占領統治し、大兵力で住民を守る」という意思が失われたことを意味する。米軍陸上部隊はグローバル規模で不足しているのだから、再駐留などありえない。
盧武鉉の反米要求は、実は米軍にとって、コスト削減の「渡りに船」だった。恩を仇で返してきたのだから、もはや恩は終わる定めだ。ただし、地政学的・戦略的観点から、「小兵力で巨大兵器を運用し、電撃的な無差別殺戮で戦局を一挙に勝利へと帰趨させる」というワイルドカードは残っている、と見ていい。
北朝鮮の100万ゲリラが韓国を襲った場合を想定しよう。巨大兵器は多数の巻き添えを生むので、韓国内では使えない。ゲリラの頭越しに北の軍事施設や中枢部を破壊することになるが、それとて「すでに韓国人が多数殺され、早期停戦のためやむをえず北の住民を無差別に抹殺し、戦闘意欲をそぐ」という正当な理由がなければ、むやみに「ジョーカー」を切ることは難しい。したがって、米軍の参戦はその要件がきわめて厳しくなったといえる。
つまり、一定の韓国人が死んでからでないと米軍は動けない。「はやく、北を攻めてくれ」という盧武鉉の要請も必要だ。かりに米軍が原爆などで北の市民を大量虐殺しても、国際社会の反発を浴びないよう、その責任は盧武鉉が全て負うことが誰の目にも明瞭になってから、ということだ。
米軍の参戦がなければ、数多くの韓国人が死ぬ。ゲリラの制圧は人海戦術がなければ難しい。ただ対峙するだけでは、一般市民が標的にされ、盾となり、次々に血祭りになるからだ。市民に武器を持たせるか。朝鮮戦争のさい、無関係の市民600万を殺傷した韓国政府ならば、いわずと結果を理解できるはずだ。もちろん、そんな物騒な軍民国家の「武装避難民」を日本はむやみに「保護」できない。いまさら乞食のように頭を下げて頼むのは、盧武鉉も、いやだろう。
削減した兵力を再注入し、通常兵器で駐留してほしいといっても、もうおそい。感謝どころか逆恨みされるだけの占領統治に大兵力を投入する国はひとつもない。駐留は巨大なコストがかかり、人命のリスクも高い。PKOを心から必要とし、感謝もする国は、ほかにもある。むだだと知れたことに金や命を費やすばかがいるだろうか。結局、ブッシュを拝んで「巨大兵器」による解決をたよるのがおちだ。判断が遅れれば、より多くのコリアンがしぬ。同胞愛と無責任に満ちた盧武鉉は、さんざん無策をさらした挙句、みずから半島への原爆投下を懇願する。GOがでるかは、風任せだろう。
人道的な「保護併合」に反発する韓国人は、みずからの過去の非行をわすれている。「併合」でなければ「戦争」であり、その場合ずっと多くのコリアンが殺害されていた。もともと殺人国家に「幸せになれたはず」の選択肢などありはしないのだ。韓国人は歴史をゆがめ、「属国になるより戦って死んだほうがまし」、という教育を徹底してきた。だからいまでも、米軍を追い出すオナニーのほうが、命より大事なのである。あともどりはできない。選択したのは自分自身だ。
日米は、わざわざ「保護」して逆恨みされるより、韓国人がみずから望んだ希望通りの死を、たのしく見学すべきだと思う。コストもかからず、日米にとっては良いことづくめだ。韓国はみずから主張したように、せいぜい半島有事の自主解決を主導することだ。「死」を頂点とする半島有事の3K仕事はすべて韓国が引き受けた。その蛮勇を多とし、たたえよう。それが民族の責任というものである。
米軍が急ぐ背景は、盧武鉉の在任中にまとめてしまおうということだ。次の指導者が別のことを言い出したら困るのである。健忘症は、信用のない国ではよくあることだ。
日米はすでに韓国を見放した。恩を仇で返す韓国式の歴史観を実感し、朝鮮有事には「韓国を保護国として人道的に占領統治し、大兵力で住民を守る」という意思が失われたことを意味する。米軍陸上部隊はグローバル規模で不足しているのだから、再駐留などありえない。
盧武鉉の反米要求は、実は米軍にとって、コスト削減の「渡りに船」だった。恩を仇で返してきたのだから、もはや恩は終わる定めだ。ただし、地政学的・戦略的観点から、「小兵力で巨大兵器を運用し、電撃的な無差別殺戮で戦局を一挙に勝利へと帰趨させる」というワイルドカードは残っている、と見ていい。
北朝鮮の100万ゲリラが韓国を襲った場合を想定しよう。巨大兵器は多数の巻き添えを生むので、韓国内では使えない。ゲリラの頭越しに北の軍事施設や中枢部を破壊することになるが、それとて「すでに韓国人が多数殺され、早期停戦のためやむをえず北の住民を無差別に抹殺し、戦闘意欲をそぐ」という正当な理由がなければ、むやみに「ジョーカー」を切ることは難しい。したがって、米軍の参戦はその要件がきわめて厳しくなったといえる。
つまり、一定の韓国人が死んでからでないと米軍は動けない。「はやく、北を攻めてくれ」という盧武鉉の要請も必要だ。かりに米軍が原爆などで北の市民を大量虐殺しても、国際社会の反発を浴びないよう、その責任は盧武鉉が全て負うことが誰の目にも明瞭になってから、ということだ。
米軍の参戦がなければ、数多くの韓国人が死ぬ。ゲリラの制圧は人海戦術がなければ難しい。ただ対峙するだけでは、一般市民が標的にされ、盾となり、次々に血祭りになるからだ。市民に武器を持たせるか。朝鮮戦争のさい、無関係の市民600万を殺傷した韓国政府ならば、いわずと結果を理解できるはずだ。もちろん、そんな物騒な軍民国家の「武装避難民」を日本はむやみに「保護」できない。いまさら乞食のように頭を下げて頼むのは、盧武鉉も、いやだろう。
削減した兵力を再注入し、通常兵器で駐留してほしいといっても、もうおそい。感謝どころか逆恨みされるだけの占領統治に大兵力を投入する国はひとつもない。駐留は巨大なコストがかかり、人命のリスクも高い。PKOを心から必要とし、感謝もする国は、ほかにもある。むだだと知れたことに金や命を費やすばかがいるだろうか。結局、ブッシュを拝んで「巨大兵器」による解決をたよるのがおちだ。判断が遅れれば、より多くのコリアンがしぬ。同胞愛と無責任に満ちた盧武鉉は、さんざん無策をさらした挙句、みずから半島への原爆投下を懇願する。GOがでるかは、風任せだろう。
人道的な「保護併合」に反発する韓国人は、みずからの過去の非行をわすれている。「併合」でなければ「戦争」であり、その場合ずっと多くのコリアンが殺害されていた。もともと殺人国家に「幸せになれたはず」の選択肢などありはしないのだ。韓国人は歴史をゆがめ、「属国になるより戦って死んだほうがまし」、という教育を徹底してきた。だからいまでも、米軍を追い出すオナニーのほうが、命より大事なのである。あともどりはできない。選択したのは自分自身だ。
日米は、わざわざ「保護」して逆恨みされるより、韓国人がみずから望んだ希望通りの死を、たのしく見学すべきだと思う。コストもかからず、日米にとっては良いことづくめだ。韓国はみずから主張したように、せいぜい半島有事の自主解決を主導することだ。「死」を頂点とする半島有事の3K仕事はすべて韓国が引き受けた。その蛮勇を多とし、たたえよう。それが民族の責任というものである。
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.