「脱亜入欧」とは、一言で言えば
投稿者: k_g_y_7_naoko 投稿日時: 2007/09/12 02:14 投稿番号: [22055 / 73791]
投稿者:爺
日本が鎖国政策をやめた明治の時代に近所である清朝と李朝との交流を図ったが、特に当時の李朝は偽の気位だけが高く、振る舞いは高慢無礼なうえ「ああでもないこうでもない」で何をするにもいらいらするほどの時間がかかった。それまで日本人が抱いていたイメージとはまったく異なり、まさに退廃しておって、文化・文明のかけらすらない。清朝はまだましであったが、それでも日本の手本にするようなことは何もない。要するに文明開化を推進しようとする日本にとり、これらの国は話にならなかったのである。
であるから、これらの二国には見切りをつけて欧米に目を向けるようになった。欧米の鉄の船、蒸気船には、それまで帆掛け船しか知らなかった日本人は一様にびっくりしたからな^^
それからの日本の発展には目覚ましいものがあった。ワシも戦前にロンドンの商家に数ヶ月下宿したことがあったが、見るもの、聞くもの、まるで別天地のようであった。「入欧」の「欧」には米国も含まれておる。白人社会ということじゃ^^
すまぬな、話せば長くなるから、まるで小学生にでも説明しておる気分で書いた。許されよ^^
またちと酔うた。では、おやすみ。
これは メッセージ 22045 (hp2077kwc さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a4a4a4ha4a4a4h4z9qbeclga4xa5aba5a6a5sa5ha5c0a5a6a5sa1aa_1/22055.html