いかにも朝鮮的な、水害と平羅線鉄道
投稿者: yokokaratatehe 投稿日時: 2007/08/25 14:12 投稿番号: [21399 / 73791]
>北朝鮮が豪雨被害を理由に第2回南北首脳会談を突然延期したことで、被害の深刻さに関心が集まっている。まだ正確な統計は出ていないが、北朝鮮当局と国際支援団体の発表内容を総合すると、莫大な被害を受けたもようだ。
特に、陽徳、新陽(シニャン)などの平安南道の北部地域は、昨年の豪雨被害がまだ復旧していない状況で再び被害に見舞われ、絶望的な状況とみえる。
被害は、これから住民たちの生活に大きな影響を及ぼすものとみえる。最も差し迫った問題は、鉄道と道路の復旧だ。
北朝鮮住民の多くは、市場に依存して経済活動を行っており、普段は、北朝鮮内の食糧の絶対量が不足しても、中国から輸入できた。しかし、交通が麻痺すれば、住民たちの経済活動も中断し、飢死する人が続出する恐れがある。北朝鮮の米の価格は、最近半月の間に2倍近く跳ね上がったという。
昨年の豪雨被害で、平安南道陽徳と新陽の2郡を経由する平羅(ピョンナ)線(平壌−羅津)の線路が遮断された時、復旧に3ヵ月かかった。大半を人力に依存して復旧したためだ。北朝鮮の東西、南北をつなぐ唯一の線路の平羅線が破壊されれば、国家機能は事実上麻痺する。今年、平羅線は、昨年よりも大きな被害を受けたもようだ。
炭鉱の浸水と発電所の被害も大きく、電力供給にも莫大な支障が予想される。そのうえ、復旧と防除作業が遅れれば遅れるほど、伝染病や農作物の害虫被害も大きくなるものと予想される。
北朝鮮は豪雨被害に脆弱だ。燃料難によるむやみな伐採のせいで、はげ山が多く、土砂崩れが起こりやすい。また、機械装備の不足で復旧にも時間がかかる。<
http://japan.donga.com/srv/service.php3?bicode=060000&biid=2007082060438
>昨年の豪雨被害で、平安南道陽徳と新陽の2郡を経由する平羅(ピョンナ)線(平壌−羅津)の線路が遮断された時、復旧に3ヵ月かかった。大半を人力に依存して復旧したため<
この「平羅(ピョンナ)線」というのが、いかにも朝鮮らしい。
日本が作っていたもので、その後、ソ連が略奪し、中国とソ連の援助で復旧し、しかし、現状は・・・
>だが1990年代に入ると、老朽化と資源不足により輸送力・速度共に他の同国路線と同じく凋落が進む。現在では、平壌〜清津間の移動に日本統治時代よりも遥かに長い時間を要している<
結局、自力では何も完成させられず、維持できない民族。
情けない限り。
>平羅線(ピョンラせん)は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の首都平壌を起点として、咸鏡北道羅先までを結ぶ鉄道路線である。平義線と共に、同国における重要路線となっている。
日本統治時代は現在平羅線と呼ばれる路線のうち、平壌〜高原(コウオン)間が平元線、高原〜咸興〜端川〜金策(旧:城津)〜吉州〜清津間が、現在の江原線元山〜高原間、咸北線清津〜会寧間と合わせて咸鏡線(咸鏡本線)と呼ばれており、清津〜羅先(旧:羅津)間については工事こそ進展していたものの、未成線のまま終戦を迎えた。
終戦後、鉄道の管理を担っていた日本人技術者が追放され、さらには北部に進駐したソビエト連邦軍が資材を自国の復興のため持ち去ったことや、朝鮮戦争の勃発により輸送は完全に麻痺する。
その後、ソビエト連邦と中華人民共和国の支援を受けて復興が進み、1960年代には電化工事を進展させた。1965年6月10日、日本統治終了後長らく放置されていた清津〜羅津間がようやく開業している。
だが1990年代に入ると、老朽化と資源不足により輸送力・速度共に他の同国路線と同じく凋落が進む。現在では、平壌〜清津間の移動に日本統治時代よりも遥かに長い時間を要しているといわれている。<
特に、陽徳、新陽(シニャン)などの平安南道の北部地域は、昨年の豪雨被害がまだ復旧していない状況で再び被害に見舞われ、絶望的な状況とみえる。
被害は、これから住民たちの生活に大きな影響を及ぼすものとみえる。最も差し迫った問題は、鉄道と道路の復旧だ。
北朝鮮住民の多くは、市場に依存して経済活動を行っており、普段は、北朝鮮内の食糧の絶対量が不足しても、中国から輸入できた。しかし、交通が麻痺すれば、住民たちの経済活動も中断し、飢死する人が続出する恐れがある。北朝鮮の米の価格は、最近半月の間に2倍近く跳ね上がったという。
昨年の豪雨被害で、平安南道陽徳と新陽の2郡を経由する平羅(ピョンナ)線(平壌−羅津)の線路が遮断された時、復旧に3ヵ月かかった。大半を人力に依存して復旧したためだ。北朝鮮の東西、南北をつなぐ唯一の線路の平羅線が破壊されれば、国家機能は事実上麻痺する。今年、平羅線は、昨年よりも大きな被害を受けたもようだ。
炭鉱の浸水と発電所の被害も大きく、電力供給にも莫大な支障が予想される。そのうえ、復旧と防除作業が遅れれば遅れるほど、伝染病や農作物の害虫被害も大きくなるものと予想される。
北朝鮮は豪雨被害に脆弱だ。燃料難によるむやみな伐採のせいで、はげ山が多く、土砂崩れが起こりやすい。また、機械装備の不足で復旧にも時間がかかる。<
http://japan.donga.com/srv/service.php3?bicode=060000&biid=2007082060438
>昨年の豪雨被害で、平安南道陽徳と新陽の2郡を経由する平羅(ピョンナ)線(平壌−羅津)の線路が遮断された時、復旧に3ヵ月かかった。大半を人力に依存して復旧したため<
この「平羅(ピョンナ)線」というのが、いかにも朝鮮らしい。
日本が作っていたもので、その後、ソ連が略奪し、中国とソ連の援助で復旧し、しかし、現状は・・・
>だが1990年代に入ると、老朽化と資源不足により輸送力・速度共に他の同国路線と同じく凋落が進む。現在では、平壌〜清津間の移動に日本統治時代よりも遥かに長い時間を要している<
結局、自力では何も完成させられず、維持できない民族。
情けない限り。
>平羅線(ピョンラせん)は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の首都平壌を起点として、咸鏡北道羅先までを結ぶ鉄道路線である。平義線と共に、同国における重要路線となっている。
日本統治時代は現在平羅線と呼ばれる路線のうち、平壌〜高原(コウオン)間が平元線、高原〜咸興〜端川〜金策(旧:城津)〜吉州〜清津間が、現在の江原線元山〜高原間、咸北線清津〜会寧間と合わせて咸鏡線(咸鏡本線)と呼ばれており、清津〜羅先(旧:羅津)間については工事こそ進展していたものの、未成線のまま終戦を迎えた。
終戦後、鉄道の管理を担っていた日本人技術者が追放され、さらには北部に進駐したソビエト連邦軍が資材を自国の復興のため持ち去ったことや、朝鮮戦争の勃発により輸送は完全に麻痺する。
その後、ソビエト連邦と中華人民共和国の支援を受けて復興が進み、1960年代には電化工事を進展させた。1965年6月10日、日本統治終了後長らく放置されていた清津〜羅津間がようやく開業している。
だが1990年代に入ると、老朽化と資源不足により輸送力・速度共に他の同国路線と同じく凋落が進む。現在では、平壌〜清津間の移動に日本統治時代よりも遥かに長い時間を要しているといわれている。<
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.