Re: 韓国に天才が育たないのは教育のせい?
投稿者: ahoruda333 投稿日時: 2007/06/02 16:08 投稿番号: [18316 / 73791]
「自分で物事を考えない」のが朝鮮人の根本原因だと思います。
答えの分かっている問題
しか分からないんですよ。未知のことに対しては全てお手上げ・・・何もできない。
ただ、日本の教育も高校まではいわゆる「暗記モノ」「既知の事項に対する知識を問う問題」ばかりで、事実大学入試もそのような問題ばかりが出題されますよね?
ところが、研究室や大学院、あるいは実社会では「未知のこと」の解明・解決を行わなければいけませんよね。例外は役人くらいですよ。この違いが朝鮮民族と日本との違いのように思えます。
未知のことを解決することは、難しいことです。
それはやったこと無いし、知らないからできません
なんてのは通用しないわけです。なんとかしなければいけない。
まず「事実」を素直に認め、「考え」その考えを裏付けるための「実験計画」を練って「実験する」という一連のプロセスを経て、現場を通じて知識なり、解決方法なりを生み出していくわけです。
「既知の事項」という「点」が大きなキャンパスに数個プロットされていた状態・・・・ここまでは朝鮮人も日本人も同等と考えられるかもしれません。ところが、その後の展開が全く違うと思います。
朝鮮人はそのプロットだけでなんとかなる、あるいは誰かがなんとかしてくれると思うのに対して、日本人はそれだけでは問題解決できないんで、上記方法を駆使して、新しい「点」を見つけようとする。そういうことを繰り返すうちに、プロット数が増え、点と点の間隔が小さくなった部分では線が結ばれる・・・・一次元の「知識」が「法則」や「理論」の二次元へ拡張するわけです。
そういう地道な作業を繰り返すことによって、キャンバスのかなりの面積が「既知」あるいは「推測可能」な領域になってしまったのが日本だと思います。
歴史にしてもそうでしょ?朝鮮人は「教えられた歴史」に疑問を持たない。それが「答え」であり、それ以外のものは無いと思っている。「事実」を積み上げて、当時の状況を考えれば全く違う歴史観が出てきてもよさそうなものですが、全く出てこない。「答え」を覚えることはあっても、「事実」を素直に認め「考える」ということはできないんですよ。
技術にしても同じ。日本から「答え」を教えて貰わないと何もできない。文化やデザインも答えのコピー(パクリ)。
両民族の違いの基本は好奇心の有無だと思います。できないことを嘆くのでなく、チャレンジしてそのハードルを越えたときの「喜び」をシアワセと感じれる民族かそうでないかの違いだと思います。ハードルの前で立ち止まり、誰かがハードルを取り除いてくれるのを待っているのが朝鮮人。
「日本人は出世意欲がない」
「日本人は偉人になろうと思わない」
・・・・・こんな調査結果が出てホルホルし、
「ウリナラの方がヤツ気があるニダっ!」
などと言っている朝鮮人がこの掲示板にも出没していますが、日本人は
自らの進歩を仕事を通じて感じたい
できなかったことができるようになりたい
分からなかったことを分かるようにしたい
他の人々に喜んで貰いたい、シアワセになってもらいたい
とまぁ〜、こういうささやかな?ことを思っているだけなんですよ。自己実現というか、生きていることに自分で納得できればいいと感じる人が多いのではないでしょうか?
「偉人になりたいニダ!出世したいニダ!」
こういう朝鮮人に質問したいですね。
「・・・・んで、何をやりたいの(・0・)?」
し、か、し・・・・天才が現れるのを待つんですか?
日本には天才ってあまりいないと思うんですけどねぇ〜。
「天才が偶然出現して、その天才が数々の難問を解決してくれるのを待つにだっ!」
「そのような天才が出現するためには、教育を他の先進国のようにすべきにだっ!」
李会長って、かなり思考の飛んでいる人だね。
答えの分かっている問題
しか分からないんですよ。未知のことに対しては全てお手上げ・・・何もできない。
ただ、日本の教育も高校まではいわゆる「暗記モノ」「既知の事項に対する知識を問う問題」ばかりで、事実大学入試もそのような問題ばかりが出題されますよね?
ところが、研究室や大学院、あるいは実社会では「未知のこと」の解明・解決を行わなければいけませんよね。例外は役人くらいですよ。この違いが朝鮮民族と日本との違いのように思えます。
未知のことを解決することは、難しいことです。
それはやったこと無いし、知らないからできません
なんてのは通用しないわけです。なんとかしなければいけない。
まず「事実」を素直に認め、「考え」その考えを裏付けるための「実験計画」を練って「実験する」という一連のプロセスを経て、現場を通じて知識なり、解決方法なりを生み出していくわけです。
「既知の事項」という「点」が大きなキャンパスに数個プロットされていた状態・・・・ここまでは朝鮮人も日本人も同等と考えられるかもしれません。ところが、その後の展開が全く違うと思います。
朝鮮人はそのプロットだけでなんとかなる、あるいは誰かがなんとかしてくれると思うのに対して、日本人はそれだけでは問題解決できないんで、上記方法を駆使して、新しい「点」を見つけようとする。そういうことを繰り返すうちに、プロット数が増え、点と点の間隔が小さくなった部分では線が結ばれる・・・・一次元の「知識」が「法則」や「理論」の二次元へ拡張するわけです。
そういう地道な作業を繰り返すことによって、キャンバスのかなりの面積が「既知」あるいは「推測可能」な領域になってしまったのが日本だと思います。
歴史にしてもそうでしょ?朝鮮人は「教えられた歴史」に疑問を持たない。それが「答え」であり、それ以外のものは無いと思っている。「事実」を積み上げて、当時の状況を考えれば全く違う歴史観が出てきてもよさそうなものですが、全く出てこない。「答え」を覚えることはあっても、「事実」を素直に認め「考える」ということはできないんですよ。
技術にしても同じ。日本から「答え」を教えて貰わないと何もできない。文化やデザインも答えのコピー(パクリ)。
両民族の違いの基本は好奇心の有無だと思います。できないことを嘆くのでなく、チャレンジしてそのハードルを越えたときの「喜び」をシアワセと感じれる民族かそうでないかの違いだと思います。ハードルの前で立ち止まり、誰かがハードルを取り除いてくれるのを待っているのが朝鮮人。
「日本人は出世意欲がない」
「日本人は偉人になろうと思わない」
・・・・・こんな調査結果が出てホルホルし、
「ウリナラの方がヤツ気があるニダっ!」
などと言っている朝鮮人がこの掲示板にも出没していますが、日本人は
自らの進歩を仕事を通じて感じたい
できなかったことができるようになりたい
分からなかったことを分かるようにしたい
他の人々に喜んで貰いたい、シアワセになってもらいたい
とまぁ〜、こういうささやかな?ことを思っているだけなんですよ。自己実現というか、生きていることに自分で納得できればいいと感じる人が多いのではないでしょうか?
「偉人になりたいニダ!出世したいニダ!」
こういう朝鮮人に質問したいですね。
「・・・・んで、何をやりたいの(・0・)?」
し、か、し・・・・天才が現れるのを待つんですか?
日本には天才ってあまりいないと思うんですけどねぇ〜。
「天才が偶然出現して、その天才が数々の難問を解決してくれるのを待つにだっ!」
「そのような天才が出現するためには、教育を他の先進国のようにすべきにだっ!」
李会長って、かなり思考の飛んでいる人だね。
これは メッセージ 18312 (k_g_y_7_naoko さん)への返信です.