Re: superdreadnoteは必死なんだよ(笑い
投稿者: foxbatte83se 投稿日時: 2007/04/29 03:08 投稿番号: [16814 / 73791]
そうですね。ノモンハン当時のソ連軍は機械化部隊を有機的に使う装備も戦術も持っていなかった。ただ、数だけ集めて攻撃するだけで、補給計画も戦車戦術も現場任せ。後年、ドイツ軍の電撃戦に撃破され、1943年頃漸く3人乗り砲塔、連絡用無線電話を持ったT−34−85が現れた。それまでのソ連戦車は戦車長が装填手も兼ね、専用の車外視察装置も無かった。また、ソ連戦車の特徴として製造段階のミスが多く、品質にも問題が多かった。これは現代のT−80にも引き継がれてる。結局、ノモンハン戦当時のソ連軍戦車は軍上層部がどのように使うべきかも解らず、闇雲に突撃命令を出し、現場は戦車の性能がカタログ通りに出ない事、頻発する故障に悩まされ、戦闘では車間連絡は旗しか無くて無理であったし、歩兵、砲兵との連絡も出来ず、各車ばらばらで戦っていた。日本軍戦車も似たようなものだったが、歩兵支援戦車に特化しており、歩兵、車間連絡の無線は装備していた為、ソ連軍戦車より有効に戦闘をおこなった。只、数が絶対的に少なかった。ソ連軍で日本軍と互角以上に戦ったのは砲兵隊だけだった。
これは メッセージ 16811 (aqvv2006 さん)への返信です.
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