Re: 情報分析せず、現場情報を無視したソ連
投稿者: may7idaho 投稿日時: 2007/04/24 23:26 投稿番号: [16592 / 73791]
>may7idahoさん、おはようございます。ノモンハンのお話、興味深く読ませて頂きました。日本軍については、本当に、真実が隠蔽され続けていたのだと、痛感します。
それほどまでに、大国の醜態がたくさんあったのだということでしょう。改めて、先の大戦による日本軍の強さに感嘆し、誇りに思います。<
そういう事でしょうね。ソ連のプロパガンダに騙される人も少なくなってきて(笑)、大変、良い事です。
ソ連軍は、ノモンハンから、たったの半年後に、極東軍が日本軍によって壊滅した事にも懲りず、レニングラードの師団を中心に、フィンランド「冬戦争」でノモンハン以上の大損害を被ります。
何の教訓も活かさず、今度は、わざわざ、森の中や高原地帯で、ノモンハン以上の夥しい損害・・・BTは、ここでも丸でダメ戦車(笑)。
>1939年11月以降、ソ連軍は大損害を重ね、1940年1月6日に行なわれた、ソ連軍機械化部隊に対するフィンランド軍の総攻撃において、フィンランド軍は、兵力数3倍のソ連軍と戦って10倍の損害を 与えた(ソ連側は総兵力の70パーセント以上損失)。それでも、ソ連軍は同じ攻撃方法で進撃しようと何度でも繰り返した。<
http://virtual.finland.fi/finfo/english/wintwar8.html
http://virtual.finland.fi/finfo/english/wintwar13.html
私は、戦史に特に興味があるわけではないんですが・・・
ドイツの学園都市のミュンスターにはドイツの戦車隊の大きな基地があります。また、英陸軍の駐独戦車隊の基地もありました。また、ベルリンにも色々縁がありましたが、どちらも、よくも集めたと思うほど、戦車、戦史の本(無論、英語版)をかき集めて売っています。
ベルリンの本屋は、どこも戦史だらけ、そして、グデーリアンをはじめ、戦車戦の専門家の本が英米、ドイツ、ソ連の研究者のものを、それこそ、てんこ盛りで売ってます。
そういった本が好きな方なら、ベルリン訪問は強く、お勧めします(笑)。
ベルリンは、美術館、博物館も素晴らしいのですが、何度も行って飽きてしまうと、酒好きでもない限り、する事がありません・・・
ヒマにあかして、戦車の本も数冊よみましたが、
・イギリスの戦車が大戦中は一番悲惨で、元祖「戦車」国にもかかわらず、遂にまともに稼働する戦車がなく、船で運んできても、10輌のうち、実に8輌、まったく走らせられないなんて状態。しかも、砲やエンジンの不具合、果ては自然発火も相次ぎ、次から次へと改良版や新型を投入するも、どれもこれも出来損ない・・・遂に米軍戦車をリースで調達して、やっと戦車隊はまともに稼働。
・フランスの戦車隊は、仕様上はドイツ戦車を上回ったが、支援、補給車がなく、開戦とともに、たちまち、故障、砲弾欠乏、燃料切れに陥り、半日で、ほぼ全数を道路に遺棄(笑)。
・ソ連戦車の話しも、実は、一線のドイツ軍将兵の話しを戦後纏めると、日本軍にコテンパンにやられたのと、似たり寄ったりの評価で、どのソ連戦車も100輌くらい纏まらない限り、ろくな戦力ではない。照準装置がないに等しく、砲の命中率が信じられないほど低く、ドイツ戦車兵は、大して評価していなかった。ドイツ軍も捕獲したソ連戦車を自軍で運用したが、どうやっても稼働率が半分もいかず、兵がもったいないという事で結局、廃棄・・・
・米軍も戦車隊を投入するものの、初戦で数十輌、たったの30分であっさり撃破され、その後も、似たり寄ったり。結局、主に歩兵随伴用兵器へと転落・・・・米兵は個々に収束手榴弾、火炎瓶とバズーカ砲でドイツ戦車に応戦する事が殆どとなった。
等々、よくまぁ・・・という体たらく(笑)。
どの本にも似たような事が書いてあって、一驚しました。戦車というものも、言われているほどには、単純ではなさそうです。
さらに、小銃に関しては、実に面白かったですよ。
小銃は、実は、どこの国でも大変悩んでいて、米軍が開戦をジリジリ遅らせていた理由の一つが小銃生産の遅れであったり、ソ連軍の大損害の第一の原因も、小銃不足と銃弾不足だったとか、英軍も小銃不足と小銃弾の不足に悩まされ、出来る限り撃つな(笑)と、節約を呼びかけたり・・・・
そういった事も考えあわせると、日本はよくやった方でしょうね(笑)。
日本の戦車隊も、ソ連のBT戦車は、遂に、ソ連が認めたように!コテンパンにやっつけたわけですしね。
それほどまでに、大国の醜態がたくさんあったのだということでしょう。改めて、先の大戦による日本軍の強さに感嘆し、誇りに思います。<
そういう事でしょうね。ソ連のプロパガンダに騙される人も少なくなってきて(笑)、大変、良い事です。
ソ連軍は、ノモンハンから、たったの半年後に、極東軍が日本軍によって壊滅した事にも懲りず、レニングラードの師団を中心に、フィンランド「冬戦争」でノモンハン以上の大損害を被ります。
何の教訓も活かさず、今度は、わざわざ、森の中や高原地帯で、ノモンハン以上の夥しい損害・・・BTは、ここでも丸でダメ戦車(笑)。
>1939年11月以降、ソ連軍は大損害を重ね、1940年1月6日に行なわれた、ソ連軍機械化部隊に対するフィンランド軍の総攻撃において、フィンランド軍は、兵力数3倍のソ連軍と戦って10倍の損害を 与えた(ソ連側は総兵力の70パーセント以上損失)。それでも、ソ連軍は同じ攻撃方法で進撃しようと何度でも繰り返した。<
http://virtual.finland.fi/finfo/english/wintwar8.html
http://virtual.finland.fi/finfo/english/wintwar13.html
私は、戦史に特に興味があるわけではないんですが・・・
ドイツの学園都市のミュンスターにはドイツの戦車隊の大きな基地があります。また、英陸軍の駐独戦車隊の基地もありました。また、ベルリンにも色々縁がありましたが、どちらも、よくも集めたと思うほど、戦車、戦史の本(無論、英語版)をかき集めて売っています。
ベルリンの本屋は、どこも戦史だらけ、そして、グデーリアンをはじめ、戦車戦の専門家の本が英米、ドイツ、ソ連の研究者のものを、それこそ、てんこ盛りで売ってます。
そういった本が好きな方なら、ベルリン訪問は強く、お勧めします(笑)。
ベルリンは、美術館、博物館も素晴らしいのですが、何度も行って飽きてしまうと、酒好きでもない限り、する事がありません・・・
ヒマにあかして、戦車の本も数冊よみましたが、
・イギリスの戦車が大戦中は一番悲惨で、元祖「戦車」国にもかかわらず、遂にまともに稼働する戦車がなく、船で運んできても、10輌のうち、実に8輌、まったく走らせられないなんて状態。しかも、砲やエンジンの不具合、果ては自然発火も相次ぎ、次から次へと改良版や新型を投入するも、どれもこれも出来損ない・・・遂に米軍戦車をリースで調達して、やっと戦車隊はまともに稼働。
・フランスの戦車隊は、仕様上はドイツ戦車を上回ったが、支援、補給車がなく、開戦とともに、たちまち、故障、砲弾欠乏、燃料切れに陥り、半日で、ほぼ全数を道路に遺棄(笑)。
・ソ連戦車の話しも、実は、一線のドイツ軍将兵の話しを戦後纏めると、日本軍にコテンパンにやられたのと、似たり寄ったりの評価で、どのソ連戦車も100輌くらい纏まらない限り、ろくな戦力ではない。照準装置がないに等しく、砲の命中率が信じられないほど低く、ドイツ戦車兵は、大して評価していなかった。ドイツ軍も捕獲したソ連戦車を自軍で運用したが、どうやっても稼働率が半分もいかず、兵がもったいないという事で結局、廃棄・・・
・米軍も戦車隊を投入するものの、初戦で数十輌、たったの30分であっさり撃破され、その後も、似たり寄ったり。結局、主に歩兵随伴用兵器へと転落・・・・米兵は個々に収束手榴弾、火炎瓶とバズーカ砲でドイツ戦車に応戦する事が殆どとなった。
等々、よくまぁ・・・という体たらく(笑)。
どの本にも似たような事が書いてあって、一驚しました。戦車というものも、言われているほどには、単純ではなさそうです。
さらに、小銃に関しては、実に面白かったですよ。
小銃は、実は、どこの国でも大変悩んでいて、米軍が開戦をジリジリ遅らせていた理由の一つが小銃生産の遅れであったり、ソ連軍の大損害の第一の原因も、小銃不足と銃弾不足だったとか、英軍も小銃不足と小銃弾の不足に悩まされ、出来る限り撃つな(笑)と、節約を呼びかけたり・・・・
そういった事も考えあわせると、日本はよくやった方でしょうね(笑)。
日本の戦車隊も、ソ連のBT戦車は、遂に、ソ連が認めたように!コテンパンにやっつけたわけですしね。
これは メッセージ 16503 (narurin さん)への返信です.