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納豆と中国、関係ないだ(クスクス

投稿者: bellsantes 投稿日時: 2007/04/23 12:56 投稿番号: [16515 / 73791]
サムスンは六兆円も、まさか、利益ないしさ(大笑い

日本の納豆と、中国は元々、全然関係ないって、どの納豆研究ページみても出てる(笑い
やっぱりね!


>これまでの糸引き納豆起源説は、1.米作の始まった弥生時代に自然発生した、2.源義家・聖徳太子・加藤清正ら歴史上の著名人が発見した、の2説に大別されます。また、納豆の語源については、寺院の納所豆が訛ったとする説がほぼ定説となっています。

  弥生時代自然発生説は裏付けがないこと、他の稲作文化圏に納豆食品がないことなどから、信憑性が乏しいと思われます。
著名人発見説の中では源義家説が有力です。源義家説のネックは、1051年の文献にすでに納豆の文字が見られることです。

この問題については、義家以前の納豆は糸引納豆ではなく塩納豆であったと説明されています。つまり、これまでの研究をまとめると、以下のようになります。
1.寺院で「納豆」の名を持つ食品「塩納豆」が奈良時代から平安時代にかけて作られていた。
2.後に糸引き納豆が考案された(特に源義家)。
3.1051年(糸引納豆考案前)の文献にみえる「納豆」は塩納豆である。

  筆者も、1051年の文献にみえる「納豆」が塩納豆であると考えます。この点についての結論は、従来の研究と同じです。ただ筆者は、源義家による糸引き納豆発見以前の文献であるから塩納豆であるとする考えには、同意できません。1051年の文献について考証し、これが紛れもなく塩納豆であることを示します。しかも、それが単に塩納豆を指すだけでなく、「塩辛納豆」という名称で呼ばれていることに注目し、糸引納豆の起源を論じます。

これまで「納所豆」語源説が支持され続けてきたのは、代案を示すことができなかったからです。いよいよ筆者の代案を示します。筆者は、平安中期から後期にかけての時期に、京都かその近辺で糸引納豆が考案されたと考えます。

新しく考案されたこの食品は、「なっとう」と呼ばれたかも知れませんし、「なとう」「にとう」「ぬと」のような発音だったかも知れません。言葉が先にでき、後で発音に近い漢字が当てはめられました。このようなことは、珍しいことではありません。「やまと」という地名が先にあり、後で山門や大和が当てはめられたのと同じことです。

平安時代末までには、ほぼ日本中に広まった。糸引納豆が普及するにつれ、中国伝来の麹菌納豆は唐納豆などと呼ばれるようになった。

秋田県仙北郡仙南村「金沢公園」内、「納豆発祥の地」の記念碑

  「由来   金沢の柵を含む横手盆地一帯を戦場とした後三年の役(1083−1087)は、八幡太郎源義家と清原家衡・武衡との戦いで歴史に残る壮絶なものであった。
  この戦いの折り、農民に煮豆を俵に詰めて供出させた所、数日をへて香を放ち糸を引くようになった。
これに驚き食べてみたところ、意外においしかったので食用とした。
農民もこれを知り、自らも作り後世に伝えたという。」<  
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