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Re: 北朝鮮の人食い 横

投稿者: momonan331 投稿日時: 2007/03/18 20:40 投稿番号: [15037 / 73791]
>根拠ありますか、出まかせではいけない、WEBトピなりにしっかりした根拠を求めます。


北朝鮮は知りませんが、中国には言わずと知れた食人文化があったことはご存知でしょう?

歴史上、中国で共食いの記録が多く残る場所はたいていが政治、経済、文化の中心地。都では人口が増えすぎたことにより、食料不足になり人間同士の共食いが起こったそうです。

歴史の記録を辿ると、食人がもっとも多く発生した場所は
西安   開封   洛陽   南京   北京   揚州など、歴代王朝の都、あるいは商業都市。
長安城の記録にはこうある。
夏(紀元24年)赤眉数十万人が関内に入り長安の宮廷を焼き払い、城内では飢民が互いに殺し合い、死者は数十万に達し城内に人影は絶えた。
戦乱時になると多くの民衆は軍隊に捕らえられ、軍糧とタンパク質の補給源として食料にされた敗残兵も数百万単位で喰われたという。
これは食人文化がすでに普遍化にた社会現象であったことを物語る。

唐時代末期、軍は人間を長期保存するために天日干しにして
乾屍(ししびしお)にするか塩漬けの「生肉」として、戦場の最前線に輸送したそうです。

そのころから食人はさらにエスカレートしてくる。
家畜のように食人人間を育てるために、健康で肉つきのいい男女を選出して脂がのった頃に殺す。

883年、大飢饉となって飢民にはほとんど蓄えがなかった。
賊は人人を捕らえて食料にしたそうです。

その炊事場を「春磨砦」(しょうまさい)という。
白骨が山積しこれ以上乱れたところは無かった。

さらに唐の末   黄巣の乱により黄巣が長安に入った頃、民衆はすでに貧困にあえいでいた。黄巣は皇帝になると救済策をとったがそんなものは焼け石に水。
食料不足はいかんともしがたかった。人人は生き延びるためには手段を選ばず兵士は市中で略奪   放火   殺人を繰り返し、腹がへると木の皮を削って食べ人肉まで食べて飢えをしのいだ。耕作をする人がいなくなり加えて飢饉のひどい年であったのでほとんどの人間は人肉を喰らい年を過ごした。
その混乱は空前のものであった。
                     「唐書」

中国が現在の中華人民共和国になってから   黄巣は「農地改革の英雄」とされたが
「春磨砦」という人間加工場については論争を呼んだ。

「盗賊は街角や暗闇に隠れて人を捕らえ人肉市場に売り渡しその利を得る
日は暮れるころには街という街には通行人の姿はみられなくなった。
この時代   重宝されたのが保存食としての乾屍(ししびしお)、「塩屍」である。

食人・・チーレン
中国人にとり食人とは決してタブーではない。
むしろ忠義のため、復仇、懲罰、孝行のための
食人は奨励されるべきものだという
彼らは医療と倫理とを都合よく結合させ、自らの行為を正当化してきた。

中国とは共食いのことを喫人(チーレン)という。
喫はすなわち味わうという意味。
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