「孤独の悪臭」は、どうしようもないボケ
投稿者: filthymacnasty2 投稿日時: 2007/03/08 13:01 投稿番号: [14348 / 73791]
>清国は金を承継した国家として後金を建国した 者はヌルハチラだったしヌルハチの 姓は 愛新覚羅だった. すなわち新羅を愛して忘れないという意味だ. 統一新羅の最後の王の息子である麻衣太子の息子が満洲に倒れた後建国した金国(金国)を受け継いだ後金は新羅の子孫が建国したしこの後金が清国になった
だったら清国の全ての領土(藩国、属国を含む)を継承していると公言している中共に、朝鮮半島まるごと早めに併合されろ、このボケが!
「清国は朝鮮を両親の国として仕えた」だと?
妄想も大概にしろ
これが本当の歴史だ、繰り返し読んどけ、このボケが!
↓
●「丁卯胡乱」(1627年)
後金(清の前身)の第二代皇帝ホンタイジ(太宗)が明の属国の李氏朝鮮を征伐、大虐殺を行う
●「丙子胡乱」(1636年)
1936年国号を清と改めたホンタイジ(太宗)が再び明の属国の朝鮮征伐
再び大虐殺を行う(約50万人を奴隷として北方に強制連行)
李朝の仁宗は「南漢山城」に籠り、45日間抵抗しただけで、あっさり降伏し、明の属国から清の属国となる
その降伏の「条件」は、
・清に対して臣下の礼を取る
・明の元号を廃止し、明との貿易を禁じ、明皇帝から与えられた印璽を引き渡すこと
・李朝の王子、及び大臣の子女を人質として差し出すこと
・清の家臣として明征伐に加わること
・城郭の改増築には清の許可を得ること
・清に毎年金100両、白銀1000両など24種の物品を上納すること
・清皇帝の誕生日である聖節、年の初めの正朔、冬至、及び慶弔時には使者を送ること
等々
こういう状態から抜け出せたのは、「日清戦争」で日本が勝ち、1895年4月17日に「下関条約」の第一条で「清国は朝鮮を自主独立の国として認めること」と明記されてからのことだ
この時に日本側の全権代表だった伊藤博文が、「朝鮮の独立というものを最初に認めさせたのは、個人としては自分であり、国家としては日本である」と述べた通りだ
その伊藤博文を、1909年10月26日に安重根が暗殺したのだから、高宗が「伊藤侯を失ったことは、大韓帝国、大日本帝国のみならず東洋全体の不幸である、その凶漢が韓国人とあっては赤面のほかない・・・」(同年10月28日)と恥じ入ったのも当然であろう
かくして翌1910年8月22日、「日韓併合条約」は成るべくして成ったのである
>神神しい大韓民国
そんなものは、初めからないんだよ
全て妄想の産物だということに早く気付きやがれ、このボケが!
これは メッセージ 14340 (kodokunokaori さん)への返信です.
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