ソ連・中国・モンゴルは兄弟国家
投稿者: junbanhoo 投稿日時: 2006/09/03 23:41 投稿番号: [1369 / 73791]
モンゴル帝国は、モンゴル高原に君臨する大ハーンを中心に、各地をチンギス・ハーンの子孫の王族たちが支配する国(ウルス)が集まって形成された連合国家の構造をなした。中国とモンゴル高原を中心とする東アジア部分を支配した第5代大ハーンのクビライは1271年に、緩やかな連邦と化した帝国の、大ハーン直轄の中核国家の国号を大元大蒙古国と改称するが、その後も大ハーンを頂点とする帝国はある程度の繋がりを有した。この大連合は14世紀にゆるやかに解体に向かうが、チンギス・ハーンの末裔を称する王家たちは実に20世紀に至るまで中央ユーラシアの各地に君臨しつづけることになる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%83%AB%E5%B8%9D%E5%9B%BDかつてのジョチ・ウルス東部に広がった遊牧民カザフの間ではソビエト連邦が誕生する20世紀初頭までチンギス・ハーンの末裔が指導者層として社会の各方面で活躍した。早くにロシアに征服されたジョチ・ウルスの西部でも、多くのモンゴル貴族がロシア正教に改宗してロシア貴族に叙せらるなど長らくチンギス・ハーン一族の権威が生き続け、16世紀にはイヴァン4世がジョチ家の末裔サイン・ブラトに一時的に譲位してモスクワのツァーリにもその権威を身につけようとしたこともあった。
モンゴリアの北元では、15世紀の終わりにクビライの末裔ダヤン・ハーンが即位し、ハーンの名のもとにモンゴルの諸部族が再統一される。17世紀には満州人の大清がダヤン・ハーンの末裔チャハル部から元の玉璽を譲り受け、大元の権威を継承して満州・モンゴル・中国の君主となる手続きを取り、新たにモンゴルの最高支配者となるが、その後も清のもとモンゴリアではダヤン・ハーンの末裔の王族たちが諸部族の領主として君臨しつづけた。彼らはカザフのチンギス・ハーンの末裔たちと同様に社会の指導者層となり、清の崩壊後にはモンゴル国や内モンゴルの独立運動にも関わることになる。
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