対馬は第二の竹島?
投稿者: h76432 投稿日時: 2007/02/28 17:04 投稿番号: [13673 / 73791]
対馬
N氏のメールから抜粋
この度、二十五日と二十六日、対馬を観てきた。
滞在時間は、対馬で一泊の短時間であった。しかし、全体の雰囲気を感じることができた。
平成十七年・西暦二〇〇五年は、日露戦争における日本海海戦から百周年だった。いうまでもなく、この歴史的海戦は、対馬沖で戦われた。従って対馬の有志は、対馬に於いて日本海海戦百周年記念行事を企画して実行した。
私は、この百周年の準備段階で二度対馬を訪れ、肝心の百周年行事にも多くの同志とともに参加した。
同時期、イギリスではトラファルガー海戦勝利二百周年記念観艦式が国を挙げて行われ、我が国海上自衛隊の練習艦隊もイギリス女王陛下が観閲官であるその観艦式に参加した。
しかし、我が国政府は、対馬沖でおこなわれた日本海海戦勝利百周年には関心を示さず、このトラファルガーよりも偉大な勝利の百周年は、地元対馬の人々の努力によって行われたのだった。
このようにして、我が国の歴史的危機に際して度々登場し、玄界灘に浮かぶ防人以来の我が国防衛ラインの最前線にして戦略的要衝である「対馬」は、日露戦争勝利百周年においても全国的にクローズアップされることもなかったのである。
しかし、古代においても、元寇の際にも、幕末においても、
日露戦争そして朝鮮戦争においても、対馬は我が国の戦略的要衝であり、まさに現在もそうである。
しかも、対馬は我が国文化の原型を今も留める島で、日本人の信仰心の源像が今も生き生きと存在する島である。島内には、五百を超える神社がある。
さて、この対馬のことが、この一年気になって仕方がなかった。何故気になったかといえば、いわゆる「韓国人問題」だ。
我が国の敗戦後、この豊饒の海を生活の場とする対馬の漁民を苦しめ彼らに銃撃を加えたのは、一方的な李承晩ラインを海上に設置した韓国であった。
このように、もともと、我が国がおとなしければ、この国境の海で高圧的になるのが韓国であった。
その上で、この度韓国の馬山市というところが、対馬は韓国領であるという荒唐無稽な宣言をしたという。彼らは、対馬に「対馬島」という名前を勝手に付けており、厳原港に入った釜山からのフェリーをみれば「釜山ー対馬島」と表示してある。
この荒唐無稽な馬山市の「対馬は韓国領」の宣言と相まって、大勢の韓国人が対馬を訪れ始め、いまや年間四万二千人の韓国人が対馬に来ている(平成十八年)。対馬の人口は三万八千人。
しかも、彼ら韓国人が、外国に入国した普通の観光客の意識を持っていれば問題ないのであるが、どうも「日本に奪われた韓国の領土に来ている」という意識をもって対馬に来ているとしか思えないのである。
例えば、無断植樹が禁じられている国定公園内に、勝手に韓国の国の木である「ムクゲ」を植えまくるとか、
外国人には撒き餌が禁じられているのに、平気で撒き餌をして漁場を荒らし魚を取り尽くすとか、そして、韓国漁船による不法密漁は後を絶たない。
また、ホテルや旅館に宿泊すれば、部屋の備品を当たり前のようにもってかえり、果てはテレビまでもってかえる韓国人がいるらしい。また、韓国人は集団で道に広がって傍若無人に歩くという。さらに、年々韓国人による島の土地取得も増えていると聞く。
以上の情報によって判断すれば、我が国の規則や法律に従う意思のない韓国人が島の人口を遙かに超えて毎年対馬に押し寄せているということになる。
仮にこれが実態であれば、放置すればいずれ島民と韓国人との衝突が起こり不穏な空気が日韓をおおいかねない。
従って、この度、短時間であったが懐かしい対馬を訪れた次第である。これからさらに、国防の観点から対馬の問題を調査したい。本日は、対馬がかかえる懸念をお伝えするに止めておく。
尖閣諸島においても中国人がその土地所有権を買い取りに来たと聞いたことがある。対馬においても、土地所有権が外国人との間で自由に売買されるに任せていいものであろうか。
これら国境の島における外国人土地所有の問題は、今一度注目すべき課題である。
対馬は日本の古来からの源像を残し、古来からの歴史を濃厚に伝える島である。対馬を守ることは日本を守ることである。
対馬は、日本の要であり、中枢である。
(了)
N氏のメールから抜粋
この度、二十五日と二十六日、対馬を観てきた。
滞在時間は、対馬で一泊の短時間であった。しかし、全体の雰囲気を感じることができた。
平成十七年・西暦二〇〇五年は、日露戦争における日本海海戦から百周年だった。いうまでもなく、この歴史的海戦は、対馬沖で戦われた。従って対馬の有志は、対馬に於いて日本海海戦百周年記念行事を企画して実行した。
私は、この百周年の準備段階で二度対馬を訪れ、肝心の百周年行事にも多くの同志とともに参加した。
同時期、イギリスではトラファルガー海戦勝利二百周年記念観艦式が国を挙げて行われ、我が国海上自衛隊の練習艦隊もイギリス女王陛下が観閲官であるその観艦式に参加した。
しかし、我が国政府は、対馬沖でおこなわれた日本海海戦勝利百周年には関心を示さず、このトラファルガーよりも偉大な勝利の百周年は、地元対馬の人々の努力によって行われたのだった。
このようにして、我が国の歴史的危機に際して度々登場し、玄界灘に浮かぶ防人以来の我が国防衛ラインの最前線にして戦略的要衝である「対馬」は、日露戦争勝利百周年においても全国的にクローズアップされることもなかったのである。
しかし、古代においても、元寇の際にも、幕末においても、
日露戦争そして朝鮮戦争においても、対馬は我が国の戦略的要衝であり、まさに現在もそうである。
しかも、対馬は我が国文化の原型を今も留める島で、日本人の信仰心の源像が今も生き生きと存在する島である。島内には、五百を超える神社がある。
さて、この対馬のことが、この一年気になって仕方がなかった。何故気になったかといえば、いわゆる「韓国人問題」だ。
我が国の敗戦後、この豊饒の海を生活の場とする対馬の漁民を苦しめ彼らに銃撃を加えたのは、一方的な李承晩ラインを海上に設置した韓国であった。
このように、もともと、我が国がおとなしければ、この国境の海で高圧的になるのが韓国であった。
その上で、この度韓国の馬山市というところが、対馬は韓国領であるという荒唐無稽な宣言をしたという。彼らは、対馬に「対馬島」という名前を勝手に付けており、厳原港に入った釜山からのフェリーをみれば「釜山ー対馬島」と表示してある。
この荒唐無稽な馬山市の「対馬は韓国領」の宣言と相まって、大勢の韓国人が対馬を訪れ始め、いまや年間四万二千人の韓国人が対馬に来ている(平成十八年)。対馬の人口は三万八千人。
しかも、彼ら韓国人が、外国に入国した普通の観光客の意識を持っていれば問題ないのであるが、どうも「日本に奪われた韓国の領土に来ている」という意識をもって対馬に来ているとしか思えないのである。
例えば、無断植樹が禁じられている国定公園内に、勝手に韓国の国の木である「ムクゲ」を植えまくるとか、
外国人には撒き餌が禁じられているのに、平気で撒き餌をして漁場を荒らし魚を取り尽くすとか、そして、韓国漁船による不法密漁は後を絶たない。
また、ホテルや旅館に宿泊すれば、部屋の備品を当たり前のようにもってかえり、果てはテレビまでもってかえる韓国人がいるらしい。また、韓国人は集団で道に広がって傍若無人に歩くという。さらに、年々韓国人による島の土地取得も増えていると聞く。
以上の情報によって判断すれば、我が国の規則や法律に従う意思のない韓国人が島の人口を遙かに超えて毎年対馬に押し寄せているということになる。
仮にこれが実態であれば、放置すればいずれ島民と韓国人との衝突が起こり不穏な空気が日韓をおおいかねない。
従って、この度、短時間であったが懐かしい対馬を訪れた次第である。これからさらに、国防の観点から対馬の問題を調査したい。本日は、対馬がかかえる懸念をお伝えするに止めておく。
尖閣諸島においても中国人がその土地所有権を買い取りに来たと聞いたことがある。対馬においても、土地所有権が外国人との間で自由に売買されるに任せていいものであろうか。
これら国境の島における外国人土地所有の問題は、今一度注目すべき課題である。
対馬は日本の古来からの源像を残し、古来からの歴史を濃厚に伝える島である。対馬を守ることは日本を守ることである。
対馬は、日本の要であり、中枢である。
(了)
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.