いよいよ韓国消滅へカウントダウン!

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

朴正煕元大統領の『戦後』

投稿者: may7idaho 投稿日時: 2006/09/03 18:41 投稿番号: [1333 / 73791]
終戦の年、8月、朴正煕は満州国軍中尉。河北省で国民党軍残党と戦闘中に終戦。
満州国軍の中には、朝鮮人将校約180名。
代表者が中国側、ソ連側と折衝、戦勝国側の立場を主張したが、中国側がとりあわず。

重慶にあって、孤立していた「大韓臨時政府」の金九らも戦勝国としての立場を要求。
金九らは、朝鮮人部隊が間島青山里で日本軍を壊滅したなどの話しをするものの、中国側から一笑に付される。

臨時政府と、朝鮮人将兵らは、中国側によって、即座に武装解除され、そのまま遺棄された。
敵国としても扱わないが、味方でもない、戦勝国でもない、敵国側にはいた民族であると宣告された。

戦地で行き場のなくなった朴正煕中尉ら朝鮮人将校は、旧満州国に帰ると報復されるため、列車で大韓臨時政府北京事務所に向かい、一度も戦わなかった「光復軍」に編入。満州から450名もの旧日本軍朝鮮人将兵が集結した。

金九らも、旧満州国軍朝鮮人将兵がいるので、嘘と分かる抗日戦争、ゲリラ闘争等の作り話はしなくなった。何度交渉しても、中国も米国も返答すら拒否。
遂に、煙たくなった「光復軍」全将兵を置き去りにして、終戦の年の11月、ひそかに幹部ら数人は、単に「旅行者資格」で朝鮮に帰国。

朴正煕元中尉ら、将兵は悲惨を極めた。食料が乏しく、厳しい冬のキャンプの中で、早くも誰がより親日派だったかをめぐり仲間割れし、リンチの応酬。
リーダーの一人となった朴正煕らの必死の交渉の結果、『光復軍』所属の朝鮮人将兵らは、「一般引き揚げ者」の分類を受けて、やっと書類交付。

終戦から、9ヶ月も経過した翌46年5月、身分を隠して、天津まで引き揚げ列車で日本人引き揚げ者らに混じって行き、そこからは米軍の引き揚げ者用舟艇で難民とともに帰国した。
惨めきわまりない気持ちで帰国した朴正煕らがみた光景は、だがもっと陰惨だった。

46年から48年にかけて、国内の騒擾、李承晩派が作った私兵団、暴力組織が全土を荒らし、特に戦時中も国内に残っていた者や呂運亨、張徳秀ら共和的な民族派指導者に暗殺が集中した。犠牲者は全土で数万。また、抗戦姿勢を見せた済州島では、3万人以上を殺戮。作られたばかりの韓国軍にも自称「抗日の英雄」の手は伸び、『粛軍』開始。
数万人の将兵が逮捕され、約900名が極刑、懲役にされ、約9000名が追放。北朝鮮が軍を強化している目前で、軍は崩壊。
朴正煕も旧満州国軍将校として逮捕され、投獄、瀕死の拷問を受け、軍籍を剥奪・・・・・

朴正煕は、後に大統領になってからも、ただの一度も「偽造された抗日闘争史、自称抗日闘争の指導者」を認めることも、褒めることもなかった。
彼らが戦わなかったことは満州国軍の将兵が一番知っていたからだ。

実際に見て、経験し、目の当たりに兄も友人も戦友も、朝鮮動乱の前に!既に李承晩によって、軒並み殺されたのだから。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)