Re: 李承晩の呪い
投稿者: may7idaho 投稿日時: 2007/02/22 13:29 投稿番号: [13001 / 73791]
>李承晩の韓国内での評価はやっぱり英雄なのでしょうか?<
いつも通り、自分達の事となると大甘です(笑)。
金日成や李承晩の事になると、一方はソ連が連れてきた、どこの誰かも分からない男、李承晩は、政敵を家族もろとも殺しまくって、大統領の座についたというか・・乗っ取ったというべきでしょうが、とんでもない老人なんて話しは、全部、なかった事らしいですよ(笑)。
最近も、なんだか、勿体ぶった、『?』長〜い記事(上下に分かれた意味がよく分からない文章)で、こんな事を言ってます。
金日成と並んで、戦争でもないのに、この演説の前に、既に殺戮の嵐を起こした、異様な老人の事とはとても思えませんよ。
非難がましいところも、『彼の罪や過ちがその大きな原因だ』
たった、これだけ(笑)。
自分達の都合の悪い事は、途端に俳句以上に短くなる、いつものパターン。
韓国は、米軍がそのまま占領していて、米陸軍情報部が李承晩に小遣いをやりながら、適当に作った国、北朝鮮はソ連が勝手にそのまま占領して、傀儡を置いただけ・・・。
別に建国秘話なんて、どこにもないんですがね・・・
それが、
『大韓民国の道のりは、李承晩が金日成の侵略から大韓民国を守り抜いた信念と執念から始まったのだ』
なんて話しになってます(笑)。
『大韓民国政府樹立記念式は午前11時20分に始まった。1948年8月15日のことだ。大きな太極旗が掲げられた壇上の中央には、水色の韓国伝統服の上着をまとった李承晩(イ・スンマン)大統領と、制服姿のマッカーサー連合国軍最高司令官が並んで座った。
李承晩は大韓民国初代大統領に当選した。数え年で74歳だった。
李承晩がマイクの前に立ち、最近の歴史の教科書が無視し、無知な教師たちがわざと取り上げない演説を始めた。
「今日、東洋の一古代国である大韓民国政府がよみがえり、40年余りにわたって望み、夢を見、闘ってきたことが実を結びました」
話は民主の原則へと続いていく。
「民主政体(政治形態)の要素は、政府と国民が個人の言論・集会・宗教・思想の自由を保護することです。自分と違う意見を発表する人も受け入れるべきです。しかし、自由の意味を正しく理解し尊重するにしても、限度があります。個人でも団体でも、政府を倒そうとしていることが証明されれば、容赦されません」
労働者優遇や通商・工業振興の抱負についても述べている。
「政府は、都市や農村で働き苦労している労働者・農民の生活改善に力を入れようとしています。民族の生活を向上させるには、わが国の農場や工場の収穫・生産を上げ、外国に輸出し、わが国にはない品物を輸入しなければならないでしょう。経営者は労働者を利用するだけではダメです。また労働者は資本家を害してもいけません」
統一の方策もおろそかにしていない。
「国中が喜びに満ちている今日、北を振り返れば悲痛な思いを禁じ得ません。ソ連軍が国連代表団を阻止したため、北の1000万同胞は民国建設をわれわれと共にできずにいます。ソ連はわが国に隣接しているので、わが国は共に平和と親善を維持しようと考えています。われわれが自由に暮らすことをソ連も望むなら、わが民国はいつでもソ連とも親しくするでしょう」
ご存じの通り、李承晩のこうした夢と約束と誓いは実現できなかった。彼の罪や過ちがその大きな原因だ。
最貧国から世界で十指に入る豊かな国となった大韓民国の道のりは、李承晩が大韓民国を金日成の対岸に建て、金日成の侵略から大韓民国を守り抜いた信念と執念から始まったのだ。「金日成の国」から「金日成の息子の国」になった北朝鮮の今が、その証拠だ。』
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2007/02/19/20070219000030.html
いつも通り、自分達の事となると大甘です(笑)。
金日成や李承晩の事になると、一方はソ連が連れてきた、どこの誰かも分からない男、李承晩は、政敵を家族もろとも殺しまくって、大統領の座についたというか・・乗っ取ったというべきでしょうが、とんでもない老人なんて話しは、全部、なかった事らしいですよ(笑)。
最近も、なんだか、勿体ぶった、『?』長〜い記事(上下に分かれた意味がよく分からない文章)で、こんな事を言ってます。
金日成と並んで、戦争でもないのに、この演説の前に、既に殺戮の嵐を起こした、異様な老人の事とはとても思えませんよ。
非難がましいところも、『彼の罪や過ちがその大きな原因だ』
たった、これだけ(笑)。
自分達の都合の悪い事は、途端に俳句以上に短くなる、いつものパターン。
韓国は、米軍がそのまま占領していて、米陸軍情報部が李承晩に小遣いをやりながら、適当に作った国、北朝鮮はソ連が勝手にそのまま占領して、傀儡を置いただけ・・・。
別に建国秘話なんて、どこにもないんですがね・・・
それが、
『大韓民国の道のりは、李承晩が金日成の侵略から大韓民国を守り抜いた信念と執念から始まったのだ』
なんて話しになってます(笑)。
『大韓民国政府樹立記念式は午前11時20分に始まった。1948年8月15日のことだ。大きな太極旗が掲げられた壇上の中央には、水色の韓国伝統服の上着をまとった李承晩(イ・スンマン)大統領と、制服姿のマッカーサー連合国軍最高司令官が並んで座った。
李承晩は大韓民国初代大統領に当選した。数え年で74歳だった。
李承晩がマイクの前に立ち、最近の歴史の教科書が無視し、無知な教師たちがわざと取り上げない演説を始めた。
「今日、東洋の一古代国である大韓民国政府がよみがえり、40年余りにわたって望み、夢を見、闘ってきたことが実を結びました」
話は民主の原則へと続いていく。
「民主政体(政治形態)の要素は、政府と国民が個人の言論・集会・宗教・思想の自由を保護することです。自分と違う意見を発表する人も受け入れるべきです。しかし、自由の意味を正しく理解し尊重するにしても、限度があります。個人でも団体でも、政府を倒そうとしていることが証明されれば、容赦されません」
労働者優遇や通商・工業振興の抱負についても述べている。
「政府は、都市や農村で働き苦労している労働者・農民の生活改善に力を入れようとしています。民族の生活を向上させるには、わが国の農場や工場の収穫・生産を上げ、外国に輸出し、わが国にはない品物を輸入しなければならないでしょう。経営者は労働者を利用するだけではダメです。また労働者は資本家を害してもいけません」
統一の方策もおろそかにしていない。
「国中が喜びに満ちている今日、北を振り返れば悲痛な思いを禁じ得ません。ソ連軍が国連代表団を阻止したため、北の1000万同胞は民国建設をわれわれと共にできずにいます。ソ連はわが国に隣接しているので、わが国は共に平和と親善を維持しようと考えています。われわれが自由に暮らすことをソ連も望むなら、わが民国はいつでもソ連とも親しくするでしょう」
ご存じの通り、李承晩のこうした夢と約束と誓いは実現できなかった。彼の罪や過ちがその大きな原因だ。
最貧国から世界で十指に入る豊かな国となった大韓民国の道のりは、李承晩が大韓民国を金日成の対岸に建て、金日成の侵略から大韓民国を守り抜いた信念と執念から始まったのだ。「金日成の国」から「金日成の息子の国」になった北朝鮮の今が、その証拠だ。』
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2007/02/19/20070219000030.html
これは メッセージ 13000 (kaipanndeka422 さん)への返信です.