Re: 李承晩の呪い その陰惨さ、養子の最後
投稿者: may7idaho 投稿日時: 2007/02/21 19:12 投稿番号: [12977 / 73791]
>李承晩という胡散臭い老人が日本敗戦のドサクサに紛れて韓国を建国して大統領に収まった。米国も胡散臭い老人を怪しんだ
李承晩の妄想と捏造の歴史観が当時の日本の教育を受けた有能な若者を日本軍に従軍し規律を叩き込まれた建国に必要な有能な若者を大量虐殺してしまった。イエスマンばかりを取り巻きに集め巨額な私財を築く事ばかりに熱心な李承晩は金日成以下の人物であった。<
李承晩というのは、まったく不気味な老人で、死の匂いがプンプンする異様な、いかにも朝鮮人らしい人物でしたね。
育ちからして、没落両班の息子で、父親は、自称両班。まったく働かず、怠惰な生涯を送り、苦労はすべて家人におしつけ、毎晩家系図を出して酒を呑み、いかに優秀な家系かを息子の李承晩に説き続けていたそうです。科挙試験に、息子の李承晩が落ちるたびに(賄賂が払えないから落ちていたが、それを父親は認めず。遂に合格せず)暴力を振るい、酒に溺れた、そういう貧窮した、異様な家庭が強烈な劣等感を作ったんでしょう。
李承晩が登場して以来、率いていた『白骨団』等、10幾つかは操っていたらしい私設暴力団が、政敵や政治献金をしない篤志家らを公衆の面前で、一家もろともリンチして殺す陰惨さ。
亡命臨時政府時代の無能さ、金使いの異様さ、米国に泣きつく手紙ばかり送っていた事を知っている亡命政府関係者もことごとく殺され、金九も暗殺。金九自体も、政治にも何の関わりもない通りすがりの日本人で、ただの商店の店員を、日本人だからと、ただそれだけの理由で刺殺し、その血を啜った異常者ですが。 さらに、選挙のたびに、対抗候補も次々と謎の死。
朝鮮戦争の戦死傷者を上回る朝鮮人を、朝鮮戦争前に殺戮し、政治家としての評価も、どこを見ても、『無能、政策音痴、偏執的、殺戮狂』等と、これ以下はないだろうというような感じですね。
その後の朝鮮人の政治家を見ていても、朴正煕以外、この李承晩と似たり寄ったりですから(明治時代の高宗も、首相や大臣を路上でリンチさせて殺すなど、大変似ている)、これが朝鮮人の本質的なところなのでしょう。
しかも、李氏朝鮮以来の伝統でしょうね、政権末期には、やっと迎えた養子も悲惨な最期を遂げました。
1960年、度重なる李承晩の不正選挙、対立陣営、候補への残虐なやり口から、デモ隊がおしかけるのですが、養子の李康石は、白骨団がそれまでやってきたように、自分達も路上に引きずり出されて、なぶり殺しに会うと錯乱。
デモ隊が自宅近くに来ると(本当はデモ隊は単に国会をめざしていただけだった)、自らピストルで、一家3人を射殺、自分自身もその拳銃で自殺。
李承晩は、勝手に逃げ出し、ハワイでのうのうと暮らす・・・・
その後、韓国政府は、李康石の自宅を接収し、そのクーデターの『記念館』にしてしまいました。
人が4人も一家まるごと、悲惨な最期を遂げた家宅を、そのまま、記念館にする神経も理解出来ませんが。
李承晩の妄想と捏造の歴史観が当時の日本の教育を受けた有能な若者を日本軍に従軍し規律を叩き込まれた建国に必要な有能な若者を大量虐殺してしまった。イエスマンばかりを取り巻きに集め巨額な私財を築く事ばかりに熱心な李承晩は金日成以下の人物であった。<
李承晩というのは、まったく不気味な老人で、死の匂いがプンプンする異様な、いかにも朝鮮人らしい人物でしたね。
育ちからして、没落両班の息子で、父親は、自称両班。まったく働かず、怠惰な生涯を送り、苦労はすべて家人におしつけ、毎晩家系図を出して酒を呑み、いかに優秀な家系かを息子の李承晩に説き続けていたそうです。科挙試験に、息子の李承晩が落ちるたびに(賄賂が払えないから落ちていたが、それを父親は認めず。遂に合格せず)暴力を振るい、酒に溺れた、そういう貧窮した、異様な家庭が強烈な劣等感を作ったんでしょう。
李承晩が登場して以来、率いていた『白骨団』等、10幾つかは操っていたらしい私設暴力団が、政敵や政治献金をしない篤志家らを公衆の面前で、一家もろともリンチして殺す陰惨さ。
亡命臨時政府時代の無能さ、金使いの異様さ、米国に泣きつく手紙ばかり送っていた事を知っている亡命政府関係者もことごとく殺され、金九も暗殺。金九自体も、政治にも何の関わりもない通りすがりの日本人で、ただの商店の店員を、日本人だからと、ただそれだけの理由で刺殺し、その血を啜った異常者ですが。 さらに、選挙のたびに、対抗候補も次々と謎の死。
朝鮮戦争の戦死傷者を上回る朝鮮人を、朝鮮戦争前に殺戮し、政治家としての評価も、どこを見ても、『無能、政策音痴、偏執的、殺戮狂』等と、これ以下はないだろうというような感じですね。
その後の朝鮮人の政治家を見ていても、朴正煕以外、この李承晩と似たり寄ったりですから(明治時代の高宗も、首相や大臣を路上でリンチさせて殺すなど、大変似ている)、これが朝鮮人の本質的なところなのでしょう。
しかも、李氏朝鮮以来の伝統でしょうね、政権末期には、やっと迎えた養子も悲惨な最期を遂げました。
1960年、度重なる李承晩の不正選挙、対立陣営、候補への残虐なやり口から、デモ隊がおしかけるのですが、養子の李康石は、白骨団がそれまでやってきたように、自分達も路上に引きずり出されて、なぶり殺しに会うと錯乱。
デモ隊が自宅近くに来ると(本当はデモ隊は単に国会をめざしていただけだった)、自らピストルで、一家3人を射殺、自分自身もその拳銃で自殺。
李承晩は、勝手に逃げ出し、ハワイでのうのうと暮らす・・・・
その後、韓国政府は、李康石の自宅を接収し、そのクーデターの『記念館』にしてしまいました。
人が4人も一家まるごと、悲惨な最期を遂げた家宅を、そのまま、記念館にする神経も理解出来ませんが。
これは メッセージ 12967 (foxbatte83se さん)への返信です.