Re: 『硫黄島からの手紙』<朝鮮人兵士も帝
投稿者: k_g_y_7_naoko 投稿日時: 2007/02/08 19:07 投稿番号: [12346 / 73791]
投稿者:爺
ほう、この記者は帝国軍人になった当時の朝鮮人たちの心情を知って書いておるのかな?
おそらくそうではないであろう。戦後に受けた日本「恨」の韓国教育のせいであろうな。帝国陸軍に採用された軍人、とくに陸士出身者は質が高かったし、帝国陸軍兵士になったことに誇りがあった。「恨」などというもんはさらさらない。死して靖国に祀られることも誇りにしていた。靖国には2万名強の朝鮮出身の帝国軍人が祀られておる。これを遺族が当の本人の意志を無視してとやかく言うのはどういうことかな?
「心情を察する」とあるが、この記者は当の本人の心情を知っているのかな?
硫黄島の玉砕は、日本人も朝鮮人も同じ、違いはない。偽教育の受け売りであろう。いやはや..。
それから、米軍には日本人軍人も朝鮮人軍人も一色単なこと。日本が朝鮮半島に進出せねば、当時の状況から半島は中共中国かソ連に飲み込まれていたであろう。蒋介石の国民党軍もいたから三つ巴じゃな。一部は日本の介入も要請したことであろうし、さらに遡れば、日露戦争もない、日清戦争もないことになるが、すれば半島は清の属国のまま群雄割拠の勢力に翻弄され、まさに修羅場となっていたであろう。
ところで、朝鮮人労働者には質の悪いのが多かった。徒党を組んではすぐサボる。
>いろいろずっと考えてみたら、映画には何か決定的に欠けていたものがありました。
まさに植民地時代、朝鮮人の「恨」と悲しみです。
戦争は米軍にも日本軍にも悲劇でしたが、他の国の戦争に無理やり連行されて死んだ朝鮮人には、とうてい言葉では言えない苦痛があったはずです。硫黄島戦闘で朝鮮人犠牲者も多かったという事実は当時の新聞がはっきり伝えています。総督府機関紙ではありますが、唯一のハングル新聞だった毎日(メイル)新報の45年3月23日付です。「硫黄島には半島出身者または半島と縁が深い人々もたくさんいた」という記録が残っています。当時は日本軍部がマスコミを完全に掌握した時代なので、新聞は朝鮮人の被害に対して詳しく言及せずに「半島要塞化」を訴えていくことにつながります。それでも朝鮮人は強制徴集されました。不慣れな外国の地で故郷をしのびながら死と対立しなければならなかった朝鮮の青年たちの悽絶な心情を十分に察することができます。
しかし映画は朝鮮人の視覚が全く反映されず、徹底的に米軍と日本軍の戦闘だけで表現されます。硫黄島の朝鮮人は60年が経て映画でさえ忘れられてしまったのです。<
これは メッセージ 12324 (k_g_y_7_naoko さん)への返信です.
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