水と油
投稿者: k_g_y_7_naoko 投稿日時: 2007/01/30 21:25 投稿番号: [12023 / 73791]
投稿者:直子
韓国中央日報:
【噴水台】格差効果
多数の聴衆を相手にした講演であれ、2人の対話であれ、よくある内容の話は特別な共感を得ることができない。 お互いよく知っている話を続ければ、聞き手の集中力が落ち、最後には無関心と拒否感を招く。 爆笑をさそうコメディーを繰り返し見ると、だんだんと笑いの程度が落ち、ある瞬間からはいら立ちに変わる。 こうした講演や対話は疎通どころか、最小限の意思伝達も不可能だ。
聴衆と対話の相手の耳を傾けさせるには、素材と伝達方法が新鮮なものでなければならない。 聞く側としては、自分が知らない主題や主張には幾分関心を傾けるしかない。 具体的な事例と新鮮な比喩を動員すると、メッセージの伝達力はいっそう高まる。 人を説得する時も同じだ。 お互いの立場がある程度違っていてこそ、集中力が高まり、意思疎通も深まる。 立場が完全に同じであれば、説得するもしないもない。
コミュニケーション理論ではこれを格差効果(Discrepancy Effect)または相違効果という。 いかなるメッセージを伝達する場合、それを受ける側の考えと異なるほど受容の圧力が高まり、結果的に伝達効果も高まるということだ。 しかし、立場の差があってこそ対話も説得もできるはずだが、その格差があまりにも開いた状態では対話も説得も全く効果を生まない。 突拍子なことや、到底受け入れられない破格的な提案は、伝達力が急激に落ちるからだ。 相手が全く聞こうとしないのに一方的に自分の主張を強要する場合、ともすると疎通の断絶と極端な拒否感という逆効果を招きがちだ。 人を説得する場合、相手の普段の態度と情報水準を勘案して、適当に差があるメッセージを投じてこそ、意思疎通の効果を極大化できるということだ。
政界では時々‘爆弾宣言’や‘サプライズショー’が国民の耳目を集める。 素材の新鮮さと破格的な伝達方法が効いているのだ。 しかしここにも限界はある。 伝達しようというメッセージが国民の考えと適当に異なっているべきであり、あまりにもかけ離れていると良くない。 破格も適当にしなければならず、多くなると消化不良を起こさざるを得ない。
国民との直接疎通を強調してきた盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は改憲という破格的な素材を持ち出し、今年に入ってすでに4回も地上波テレビに登場した。 しかしどういうことか、国民の反応は次第に冷めてきている。 改憲の提案は国民の考えとあまりにも大きな格差があったのか、それとも頻繁な破格に消化不良を起こして背を向けたのか。
金鍾秀(キム・ジョンス)論説委員
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=84167&servcode=100§code=120
日本と韓国とでは、お互いの主張と認識に大変大きな開き、正反対ともいえる開き、まるで水と油みたいなことが多くて、困りましたわねぇ..
どうしたらいいのかしら..
韓国中央日報:
【噴水台】格差効果
多数の聴衆を相手にした講演であれ、2人の対話であれ、よくある内容の話は特別な共感を得ることができない。 お互いよく知っている話を続ければ、聞き手の集中力が落ち、最後には無関心と拒否感を招く。 爆笑をさそうコメディーを繰り返し見ると、だんだんと笑いの程度が落ち、ある瞬間からはいら立ちに変わる。 こうした講演や対話は疎通どころか、最小限の意思伝達も不可能だ。
聴衆と対話の相手の耳を傾けさせるには、素材と伝達方法が新鮮なものでなければならない。 聞く側としては、自分が知らない主題や主張には幾分関心を傾けるしかない。 具体的な事例と新鮮な比喩を動員すると、メッセージの伝達力はいっそう高まる。 人を説得する時も同じだ。 お互いの立場がある程度違っていてこそ、集中力が高まり、意思疎通も深まる。 立場が完全に同じであれば、説得するもしないもない。
コミュニケーション理論ではこれを格差効果(Discrepancy Effect)または相違効果という。 いかなるメッセージを伝達する場合、それを受ける側の考えと異なるほど受容の圧力が高まり、結果的に伝達効果も高まるということだ。 しかし、立場の差があってこそ対話も説得もできるはずだが、その格差があまりにも開いた状態では対話も説得も全く効果を生まない。 突拍子なことや、到底受け入れられない破格的な提案は、伝達力が急激に落ちるからだ。 相手が全く聞こうとしないのに一方的に自分の主張を強要する場合、ともすると疎通の断絶と極端な拒否感という逆効果を招きがちだ。 人を説得する場合、相手の普段の態度と情報水準を勘案して、適当に差があるメッセージを投じてこそ、意思疎通の効果を極大化できるということだ。
政界では時々‘爆弾宣言’や‘サプライズショー’が国民の耳目を集める。 素材の新鮮さと破格的な伝達方法が効いているのだ。 しかしここにも限界はある。 伝達しようというメッセージが国民の考えと適当に異なっているべきであり、あまりにもかけ離れていると良くない。 破格も適当にしなければならず、多くなると消化不良を起こさざるを得ない。
国民との直接疎通を強調してきた盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は改憲という破格的な素材を持ち出し、今年に入ってすでに4回も地上波テレビに登場した。 しかしどういうことか、国民の反応は次第に冷めてきている。 改憲の提案は国民の考えとあまりにも大きな格差があったのか、それとも頻繁な破格に消化不良を起こして背を向けたのか。
金鍾秀(キム・ジョンス)論説委員
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=84167&servcode=100§code=120
日本と韓国とでは、お互いの主張と認識に大変大きな開き、正反対ともいえる開き、まるで水と油みたいなことが多くて、困りましたわねぇ..
どうしたらいいのかしら..
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.