いよいよ韓国消滅へカウントダウン!

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投稿者: ljapan20002000 投稿日時: 2007/01/13 12:08 投稿番号: [10985 / 73791]
トビ主さん、皆さん、こんにちは。

  今回、思いっきり、トビずれな、投稿を致します。(いつもですが)私が、この頃、気にしている事は、“果たして、百済王族は、朝鮮民族出自の民族だったのか?“と、いう事です。

これを読んでいる方は、ああ、この子も、妄想の世界に.......と嘆かれる?方も、いると思いますが(笑)。まあ、妄想には、妄想で、対処という事で、我慢して、読んで下さい(笑)。

その理由は、いくつかあります。

  その①   何故、彼ら(百済王族)は、日本に、逃げてこなければ、ならなかったのかと、いう事です。私は、以前の投稿でも、当時の航海技術では、日本に来るには、かなり困難があったと書きました。今でも、その意見には、変わりは、ありません。まさに、壮絶な逃避行だったと、思います。それも、女、子供連れで.....。何故、そうまでして、日本に落ちのびて来なければならなかったのか。日本と親交が、あったから?、はたまた、朝鮮族の言う“天皇家が、百済王族の子孫だから?

  でも、私は、その最大の理由は、異民族であった、百済王族にとって、かつての被支配民族、朝鮮民族からの復讐を何より恐れていたのでは。いえ、実際に、その復讐が、あったのでは。

  その②   そう考えると、かつての自分達の王族が逃げた先の地に、親しみを感じるのが、当たり前なのに、 k_g_y_7_234さんの引用された説によると、朝鮮民族は、百済王族が、落ち延びた、その地(日本)を蔑み、勝手な身分制度を設け、その中で、日本人を自分達よりも、下の身分に位置ずける。そこには、百済王族に対し、”おまえ達が、逃げた先は、人の世界ではない。動物の世界だ。いい気味だ”と、言っているように聞こえるのです。
  私は、そこに百済王族に対する朝鮮民族の敵意、憎悪すら、感じるのです。

  その③   あまりにも違う民族性。私は、高校生の時、“隠された十字架“という本を、読みました。その本は、法隆寺は、聖徳太子の、鎮魂の寺で、あり、殺害を企てた藤原氏によって建立されたという説です。その中で著者は、古代から、日本人は、政敵として, 殺害した者に対して, 鎮魂の為に、寺社を建立する。出雲大社は、オオクニヌシノミコトを。太宰府天満宮は、藤原道真   そして、法隆寺は、聖徳太子と。著者は、言います。殺害者は、殺した者たちからの、怨霊を恐れたのだが、その心理の内側に潜むものは、良心の呵責であると。つまり、日本人は、残酷な殺戮者には、なれないと。

  しかし、大陸をみると、中朝 ,共に、自分の政的に対しては、子供さえも容赦なく殺す、殺す。殺しても、罪の呵責など全然感じない。要するに、平気なのですよ。

  それで、日本民族と朝鮮民族が、同族とか言われても、こんなに民族性が違うのに、どう信じればいいのか。

  勿論、私の、“百済王族は、本当に朝鮮出自の王族で、あったのか?”と、いうのは、一個人の想像でしか、ありませんが、しかし、百済王族が、朝鮮出自の王族で、あったという100%の保証は、何もない。何もない以上、百済王族が、異民族であった確率も0%ではない。大和朝廷も、異民族であったという。元も、中国を支配した異民族の王朝である。朝鮮も、その可能性を、考えるのは、当たり前だと思うのですが。

  しかし、たとえ、百済王族が、異民族で、あったとしても、朝鮮民族が、それを認める事は、まずしませんよ。それを、認めると、彼らの、“日本、朝鮮同族説”、“日本文化の起源は、朝鮮から説”も全て、崩れますしね。  

う〜ん。

それでは、皆さん、さようなら。
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