あの蘇我氏を平民と言い張るボケ

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Re: あの蘇我氏を平民と言い張るボケ♪

投稿者: japanpoors 投稿日時: 2009/10/25 02:23 投稿番号: [25 / 101]
蘇我系石川氏は、飛鳥時代末期から奈良時代に、その血を引いた天皇(持統天皇と元明天皇を輩出した(それぞれ石川麻呂の娘、遠智娘と姪娘が母)。

しかしながら、蘇我赤兄の外孫である山辺皇女が、持統天皇に排除された夫の大津皇子に殉死したり、また文武天皇の妻の石川刀子娘が、天皇崩御後に某男との関係を持った事からその身分を剥奪され、子の広成皇子・広世皇子も連座して皇族の身分を剥奪される事件なども起こしている。刀子娘の事件は、異母兄弟の首皇子の競争相手を排除しようとしての藤原不比等・橘三千代夫婦の陰謀とされる。

また万葉集によれば、同じ赤兄の外孫である穂積皇子も但馬皇女との密通が露見して左遷された。穂積皇子は、幸いにも持統崩御後に知太政官事に出世したが、若くして亡くなった。

不比等の正妻は、安麻呂の娘の蘇我娼子(藤原武智麻呂・藤原房前・藤原宇合の母)である。その故を持って、その弟の石川石足と子の石川年足は、当時嫡流とされた武智麻呂を祖とする藤原南家と結びつくようになる。年足は、武智麻呂次男の藤原仲麻呂が設立した紫微中台の大弼としてその補佐に当たり、中流貴族としてなんとかその命脈を保った。

衰退 [編集]
しかし、その藤原南家が藤原仲麻呂の乱で衰退してしまうと、石川氏も平安京遷都後亡くなった正四位上・参議、石川真守(年足の孫、馬子の7代孫)を最後に公卿は出なくなり、歴史から姿を消した。蘇我氏の血統は、藤原不比等に嫁いで武智麻呂、房前、宇合の三男を儲けた蘇我娼子を通して女系ではあるが現代にも伝わっている。なお他に蘇我氏の血を天皇家に残したのは、蘇我稲目の娘である蘇我堅塩媛のみである。●●●その系統は蘇我堅塩媛―桜井皇子―吉備姫王―皇極天皇―天智天皇―今上天皇となる。
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