学生40人脱出させ、息子を亡くした教師
投稿者: china_is_a_super_country 投稿日時: 2008/05/19 11:39 投稿番号: [1854 / 2843]
四川大地震:学生40人脱出させ、息子を亡くした教師
5月18日21時16分配信 サーチナ・中国情報局
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1クラス約40人の学生を安全に脱出させた李さん。しかし同じ学校に通っていた17歳の息子は、瓦礫の下敷きになった。 イメージ検索:中国大地震 <サーチナ&CNSPHOTO>
東汽中学は綿竹市漢旺鎮の中心部にある。今回の大地震は東汽中学がある美しく豊かな地を襲った。中国網(チャイナネット)日本語版が伝えた。【 そのほかの中国での地震に関する写真 】
地震発生時、東汽中学では8クラス中、3クラスの教師と学生だけが避難することができた。2年生を受け持っていた李開勝さんのクラスは、避難することができたクラスの1つだ。1クラス約40人の学生を安全に脱出させた李さん。しかし同じ学校に通っていた17歳の息子は、瓦礫の下敷きになった。
「地震が起こった時はちょうど授業中で、突然激しい揺れを感じ、学生たちを教室から動かない指示しました。これが意外なことに学生たちの命を守ったのです」と、地震が発生した時のことを振り返ると、李さんの心臓はまだドキドキするという。
5月12日午後2時30分前後、李さんは校舎の2階にある教室で授業をしていた。教室が突然激しく揺れ、地震だと思ったとき、前に座っていた3人の学生が真っ先に教室の外に飛び出した。この3人の学生は崩れ落ちたコンクリートの下敷きになり、再び外に出ることはできなかった。
李さんは他の学生たちを落ち着かせ、回りの状況を確認するため教室を出たが、隣の教室はほとんど崩壊していた。そしてかろうじて李さんがいた教室を含め、3つの教室だけが残っていた。李さんは再び訪れる危険の前に、学生たちを避難させなければならないと考え、学生たちを連れて段階を降りグランドに向かった。グランドに着いた時は、ほかの地震の影響が少なかった2つのクラスの学生もやって来た。
李さんのクラスの学生は先に教室を飛び出した3人を除いてみんな無事だった。しかしその数分後、李さんは突然「あー」と叫び、完全に倒壊した教室棟の方向に駆け出した。そこには彼の息子が授業を受けている教室棟がある。しかし、李さんの目の前に広がっていたのは、教室棟が崩れた瓦礫の山だった。
李さんはあまりの悲しさに声を出して泣いた。しかしその悲しみを抑え、学生たちを綿竹市人民政府の臨時救護センターにまで送り届けた李さんは、その後、ボランティアの一員として被災者救助活動に参加している。
写真は5月13日に撮影した、李さんが教鞭をとっていた学校。真ん中に見えるのは発見された生存者。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080518-00000039-scn-cn
5月18日21時16分配信 サーチナ・中国情報局
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1クラス約40人の学生を安全に脱出させた李さん。しかし同じ学校に通っていた17歳の息子は、瓦礫の下敷きになった。 イメージ検索:中国大地震 <サーチナ&CNSPHOTO>
東汽中学は綿竹市漢旺鎮の中心部にある。今回の大地震は東汽中学がある美しく豊かな地を襲った。中国網(チャイナネット)日本語版が伝えた。【 そのほかの中国での地震に関する写真 】
地震発生時、東汽中学では8クラス中、3クラスの教師と学生だけが避難することができた。2年生を受け持っていた李開勝さんのクラスは、避難することができたクラスの1つだ。1クラス約40人の学生を安全に脱出させた李さん。しかし同じ学校に通っていた17歳の息子は、瓦礫の下敷きになった。
「地震が起こった時はちょうど授業中で、突然激しい揺れを感じ、学生たちを教室から動かない指示しました。これが意外なことに学生たちの命を守ったのです」と、地震が発生した時のことを振り返ると、李さんの心臓はまだドキドキするという。
5月12日午後2時30分前後、李さんは校舎の2階にある教室で授業をしていた。教室が突然激しく揺れ、地震だと思ったとき、前に座っていた3人の学生が真っ先に教室の外に飛び出した。この3人の学生は崩れ落ちたコンクリートの下敷きになり、再び外に出ることはできなかった。
李さんは他の学生たちを落ち着かせ、回りの状況を確認するため教室を出たが、隣の教室はほとんど崩壊していた。そしてかろうじて李さんがいた教室を含め、3つの教室だけが残っていた。李さんは再び訪れる危険の前に、学生たちを避難させなければならないと考え、学生たちを連れて段階を降りグランドに向かった。グランドに着いた時は、ほかの地震の影響が少なかった2つのクラスの学生もやって来た。
李さんのクラスの学生は先に教室を飛び出した3人を除いてみんな無事だった。しかしその数分後、李さんは突然「あー」と叫び、完全に倒壊した教室棟の方向に駆け出した。そこには彼の息子が授業を受けている教室棟がある。しかし、李さんの目の前に広がっていたのは、教室棟が崩れた瓦礫の山だった。
李さんはあまりの悲しさに声を出して泣いた。しかしその悲しみを抑え、学生たちを綿竹市人民政府の臨時救護センターにまで送り届けた李さんは、その後、ボランティアの一員として被災者救助活動に参加している。
写真は5月13日に撮影した、李さんが教鞭をとっていた学校。真ん中に見えるのは発見された生存者。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080518-00000039-scn-cn
これは メッセージ 1 (sky_yamato2143 さん)への返信です.
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