【愚かな朝鮮】ムン・ソヨン著
投稿者: aaaaaaaaaaaadtttt 投稿日時: 2010/11/18 06:23 投稿番号: [1 / 7]
朝鮮人が書いた「愚かな朝鮮」
ーーーーー以下編集qazx
【書籍】 朝鮮の没落…16〜18世紀の日本に答えを探す〜『愚かな朝鮮』ムン・ソヨン著
http://img.seoul.co.kr/img/upload/2010/10/29/SSI_20101029181603_V.jpg
21世紀に成功学と同じぐらい脚光を浴びる分野が失敗学だ。失敗の原因を知ってこそ成功のためにより大きな跳躍が可能だからだ。「愚かな朝鮮」(戦略と文化出版)は19世紀末の朝鮮がなぜ日本に強制的に開港させられ、100年前にはなぜ植民支配の苦痛の中に歴史の断絶を体験しなければならなかったのか、16〜18世紀朝鮮と日本の比較を通じて鋭く指摘した本だ。
ある財閥総師は「支那が追いかけてきて日本は先んじる状況で南鮮はサンドイッチの境遇」と言ったが、本を書いたムン・ソヨン、ソウル新聞記者はすでに歴史的に16〜19世紀に朝鮮は当時の明・清と日本(江戸幕府)の間に挟まったサンドイッチである可能性が高かったと指摘する。
朝鮮が蛮夷、倭寇程度と無視した日本は16世紀からヨーロッパや東南アジアなど外部世界と疎通して交流を拒否しなかったし、数百年間蓄積された経済力を土台に日本独特の文化の花を咲かせることができた。著者は18世紀頃から朝鮮と日本の間の文物交流逆転現象が起き始めたと主張する。
代表的な例として18世紀中頃、ヨーロッパ王室では日本の彩色陶磁器とともに漆器木家具が流行した。英語でジャパン(Japan)は日本を意味するが「漆器・漆」という普通名詞でもある。チャイナ(China)は支那を意味するが陶磁器も意味する。ヨーロッパは16世紀以後、支那や日本から輸入された陶磁器や漆器に該当国家の代表性を付与して「国家の名前=普通名詞」に転換したのだ。だが、同時期、コリアの普通名詞は存在しない。
著者は文化、経済、社会、政治の四つの部分に分けて朝鮮と日本両国の姿を綿密に分析する。自ら「陶磁器強国」を主張する韓国はなぜ世界的な照明を受けられず、韓国より数百年遅く陶磁器産業に飛び込んだ日本は陶磁器元祖のようにそびえ立ったのだろうか。
ここにも朝鮮と日本の差があった。17〜18世紀彩色陶磁器でヨーロッパ王室と貴族を魅了した日本は明治維新以後、産業化された生産方式に切り替えたヨーロッパと競争するために西洋の専門家を雇用し、近代的陶磁器技術を導入したが、何の準備もなしに開港期をむかえた朝鮮の窯は「倭磁器」と呼んだ磁器が安い価格で輸入されて門を閉じるほかなかった。この過程で朝鮮末期まで命脈を保ってきた伝統陶磁器の製作技法も空しく消えた。
朝鮮末期に生産力増大に必須の人口増加がほとんどなかったことに対する分析も興味深い。支那と日本は16世紀、遅くとも17世紀にジャガイモ・サツマイモなど救荒作物を受け入れたが、17〜18世紀の深刻な大飢饉を体験した朝鮮は救荒作物伝来が遅れて草根木皮で延命する苦しい生活を送るほかなかった。だから停滞した朝鮮末期の人口は朝鮮の手工業と商業の発達に悪影響を及ぼしたというのが著者の主張だ。
「思考の枠組み」である両国言語も比較する。ハングルは1446年に朝鮮王の世宗(セジョン)が作ったが朝鮮王室や支配層からは敬遠された。だからハングルで書かれた古典文学は日本に比べてかなり少ない。反面、日本は漢字の草書体を模倣したヒラガナなどを作った直後から各種の詩や小説を出したことが後の日本文学の成果と出版の発展に大きな影響を及ぼした。
この本の最も大きな長所はこれまで歴史学者が資料不足を理由に、あるいは国民感情をおもんばかって躊躇してきた時点を選んで朝鮮と日本を比較したことだ。この本は表面では歴史書物の姿をしているが、現在の南鮮社会が直面している問題とも直結した部分が多い。本を閉じた後「真実は不快で痛みを伴うが、受け入れれば新しい未来を作る力になるだろう」という著者の話が長い余韻を残す。 イ・ウンジュ記者
ソース:ソウル新聞(朝鮮語) 朝鮮の没落…16〜18世紀日本で答えを探す【愚かな朝鮮】ムン・ソヨン著
http://www.seoul.co.kr/news/newsView.php?id=20101030017006&spage=1
ーーーーー以下編集qazx
【書籍】 朝鮮の没落…16〜18世紀の日本に答えを探す〜『愚かな朝鮮』ムン・ソヨン著
http://img.seoul.co.kr/img/upload/2010/10/29/SSI_20101029181603_V.jpg
21世紀に成功学と同じぐらい脚光を浴びる分野が失敗学だ。失敗の原因を知ってこそ成功のためにより大きな跳躍が可能だからだ。「愚かな朝鮮」(戦略と文化出版)は19世紀末の朝鮮がなぜ日本に強制的に開港させられ、100年前にはなぜ植民支配の苦痛の中に歴史の断絶を体験しなければならなかったのか、16〜18世紀朝鮮と日本の比較を通じて鋭く指摘した本だ。
ある財閥総師は「支那が追いかけてきて日本は先んじる状況で南鮮はサンドイッチの境遇」と言ったが、本を書いたムン・ソヨン、ソウル新聞記者はすでに歴史的に16〜19世紀に朝鮮は当時の明・清と日本(江戸幕府)の間に挟まったサンドイッチである可能性が高かったと指摘する。
朝鮮が蛮夷、倭寇程度と無視した日本は16世紀からヨーロッパや東南アジアなど外部世界と疎通して交流を拒否しなかったし、数百年間蓄積された経済力を土台に日本独特の文化の花を咲かせることができた。著者は18世紀頃から朝鮮と日本の間の文物交流逆転現象が起き始めたと主張する。
代表的な例として18世紀中頃、ヨーロッパ王室では日本の彩色陶磁器とともに漆器木家具が流行した。英語でジャパン(Japan)は日本を意味するが「漆器・漆」という普通名詞でもある。チャイナ(China)は支那を意味するが陶磁器も意味する。ヨーロッパは16世紀以後、支那や日本から輸入された陶磁器や漆器に該当国家の代表性を付与して「国家の名前=普通名詞」に転換したのだ。だが、同時期、コリアの普通名詞は存在しない。
著者は文化、経済、社会、政治の四つの部分に分けて朝鮮と日本両国の姿を綿密に分析する。自ら「陶磁器強国」を主張する韓国はなぜ世界的な照明を受けられず、韓国より数百年遅く陶磁器産業に飛び込んだ日本は陶磁器元祖のようにそびえ立ったのだろうか。
ここにも朝鮮と日本の差があった。17〜18世紀彩色陶磁器でヨーロッパ王室と貴族を魅了した日本は明治維新以後、産業化された生産方式に切り替えたヨーロッパと競争するために西洋の専門家を雇用し、近代的陶磁器技術を導入したが、何の準備もなしに開港期をむかえた朝鮮の窯は「倭磁器」と呼んだ磁器が安い価格で輸入されて門を閉じるほかなかった。この過程で朝鮮末期まで命脈を保ってきた伝統陶磁器の製作技法も空しく消えた。
朝鮮末期に生産力増大に必須の人口増加がほとんどなかったことに対する分析も興味深い。支那と日本は16世紀、遅くとも17世紀にジャガイモ・サツマイモなど救荒作物を受け入れたが、17〜18世紀の深刻な大飢饉を体験した朝鮮は救荒作物伝来が遅れて草根木皮で延命する苦しい生活を送るほかなかった。だから停滞した朝鮮末期の人口は朝鮮の手工業と商業の発達に悪影響を及ぼしたというのが著者の主張だ。
「思考の枠組み」である両国言語も比較する。ハングルは1446年に朝鮮王の世宗(セジョン)が作ったが朝鮮王室や支配層からは敬遠された。だからハングルで書かれた古典文学は日本に比べてかなり少ない。反面、日本は漢字の草書体を模倣したヒラガナなどを作った直後から各種の詩や小説を出したことが後の日本文学の成果と出版の発展に大きな影響を及ぼした。
この本の最も大きな長所はこれまで歴史学者が資料不足を理由に、あるいは国民感情をおもんばかって躊躇してきた時点を選んで朝鮮と日本を比較したことだ。この本は表面では歴史書物の姿をしているが、現在の南鮮社会が直面している問題とも直結した部分が多い。本を閉じた後「真実は不快で痛みを伴うが、受け入れれば新しい未来を作る力になるだろう」という著者の話が長い余韻を残す。 イ・ウンジュ記者
ソース:ソウル新聞(朝鮮語) 朝鮮の没落…16〜18世紀日本で答えを探す【愚かな朝鮮】ムン・ソヨン著
http://www.seoul.co.kr/news/newsView.php?id=20101030017006&spage=1
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