2エコ自民は京都議定書を無視している
投稿者: design1collection3 投稿日時: 2009/03/27 20:23 投稿番号: [7848 / 8733]
まあね、、、敗戦後、日本の風景は、どんどん、汚くなっていった。
これは事実。
まあ、エコロジーに関して言えば、東京オリンピックが、、、自然破壊のきっかけとしての、大衆扇動の、自然を破壊しても、経済を発展させても良い。 ていう、文明が、入り込んだ、大事件だ。
昔の日本は、、、少し、自然地帯にいけば、電信柱は無く、、、だから、山々が、2重、3重、、4重、、5重、、と、重なり、、そびえる風景が見えていて、、、それは、美しい。 山々が、幾重にも、重なり合い、、複合的に山々が見える、風景は、素晴らしかった。 電信柱や伝染で、自然の、大まかな風景が、遮断されてしまうのは、、街の中だけであって、、、街を離れたら、視界八方、自然を遮断するものは無く、、、感動的な風景だった。 で、汚水垂れ流しの文化ではあったが、でも、その時代は、まだまだ自然の浄化能力は強く、、垂れ流しの場所から外れたら、、もう、美しい水が流れていた。 また、緑虫の繁殖した池や流れの遅い川は有ったが、見た目は、どうかは知らないし、飲めない水ですが、、でも、なんていうかな、それもそのはず、自然の一部であった。
大阪万博後は、、自然破壊、自然破壊の、連続で、、、、、まあ、東京オリンピク後は、少し、自然が汚く成り出したが、、、、、、、でも、少し離れたら、、もう、美しい大自然が広がり、、、湖や海岸線や、干潟は、広く、川の両端には葦が広がり、、、本当に、美しかった。
でも、大阪万博後は、、その、美しい自然が、どんどん狭くなり、、さらに狭くなり、、昔の姿は、もう、ドコでも、見られなくなってしまった。
テレビで、オーストラリアの自然とか、、写されて、美しいと、思うがな、、dも、昔の、日本の自然の風景は、、、、特に、海岸線の干潟の風景の広さは、、凄く、偉大で大きくて、美しかった。 でかかったよ、広かったよ、向かいの日本の干潟は。 そして、生命に、あふれていた。 砂の下も、浅い海岸線も、、河と海の間も、。そして、川と海の間も。
もう、誰の、子供にも、見せることが出来なくなってしまった。
見渡す、山々は、春夏秋冬、、全て、美しかった。 どこでも。どこで見ても、、少し、街から、外れたら、電信柱で風景が遮断されることは無く、、、幾重にも重なる山の大地が、見えて、、空には、同じように雲が動いていた。 今でも、風景としては空だけは、変わらないが、、電信柱で、風景が遮断されていなかったので、、マジ、その広がりは、心の栄養になった。
本当に、日本の自然は、美しかった。 河川も、、干潟も、、山々も、、大きくて、強くって広がっていて、、、、美しかった。
で、、いいかな、、、その様な昔の時代であっても、町から外れて、山に行くと、山の空気は、美味しいと、感じられたのです。 確実に。
また、でかい干潟の場所に行けば、、全く、街とは、違い、山の奥とも違う、、そう、海岸線大自然地帯の空気ってのがあって、、、山の美しい空気とは少し色が違うが、また、美しい海の、、特に干潟の空気があったのです。
あの、時代であっても、山に行けば、普段とは違う、マジ、美しく浮きを吸えた。 そして、かすかな記憶をたどると、、干潟のどでかい中にはいったとき、海の美しい空気ってのが、実際にあった。! そう、もう、今の日本では、どこにもないが、、どこに行っても、あの空気はすえないが、、、干潟には干潟の美しい山の空気とは違うが、でも、同じくらいに美しい干潟の空気があった。
時間が、かかるかもしれないが、、、それを、人類滅亡で実現するのではなく、、、人類の叡智の努力で、それを、取り戻したい。
これは事実。
まあ、エコロジーに関して言えば、東京オリンピックが、、、自然破壊のきっかけとしての、大衆扇動の、自然を破壊しても、経済を発展させても良い。 ていう、文明が、入り込んだ、大事件だ。
昔の日本は、、、少し、自然地帯にいけば、電信柱は無く、、、だから、山々が、2重、3重、、4重、、5重、、と、重なり、、そびえる風景が見えていて、、、それは、美しい。 山々が、幾重にも、重なり合い、、複合的に山々が見える、風景は、素晴らしかった。 電信柱や伝染で、自然の、大まかな風景が、遮断されてしまうのは、、街の中だけであって、、、街を離れたら、視界八方、自然を遮断するものは無く、、、感動的な風景だった。 で、汚水垂れ流しの文化ではあったが、でも、その時代は、まだまだ自然の浄化能力は強く、、垂れ流しの場所から外れたら、、もう、美しい水が流れていた。 また、緑虫の繁殖した池や流れの遅い川は有ったが、見た目は、どうかは知らないし、飲めない水ですが、、でも、なんていうかな、それもそのはず、自然の一部であった。
大阪万博後は、、自然破壊、自然破壊の、連続で、、、、、まあ、東京オリンピク後は、少し、自然が汚く成り出したが、、、、、、、でも、少し離れたら、、もう、美しい大自然が広がり、、、湖や海岸線や、干潟は、広く、川の両端には葦が広がり、、、本当に、美しかった。
でも、大阪万博後は、、その、美しい自然が、どんどん狭くなり、、さらに狭くなり、、昔の姿は、もう、ドコでも、見られなくなってしまった。
テレビで、オーストラリアの自然とか、、写されて、美しいと、思うがな、、dも、昔の、日本の自然の風景は、、、、特に、海岸線の干潟の風景の広さは、、凄く、偉大で大きくて、美しかった。 でかかったよ、広かったよ、向かいの日本の干潟は。 そして、生命に、あふれていた。 砂の下も、浅い海岸線も、、河と海の間も、。そして、川と海の間も。
もう、誰の、子供にも、見せることが出来なくなってしまった。
見渡す、山々は、春夏秋冬、、全て、美しかった。 どこでも。どこで見ても、、少し、街から、外れたら、電信柱で風景が遮断されることは無く、、、幾重にも重なる山の大地が、見えて、、空には、同じように雲が動いていた。 今でも、風景としては空だけは、変わらないが、、電信柱で、風景が遮断されていなかったので、、マジ、その広がりは、心の栄養になった。
本当に、日本の自然は、美しかった。 河川も、、干潟も、、山々も、、大きくて、強くって広がっていて、、、、美しかった。
で、、いいかな、、、その様な昔の時代であっても、町から外れて、山に行くと、山の空気は、美味しいと、感じられたのです。 確実に。
また、でかい干潟の場所に行けば、、全く、街とは、違い、山の奥とも違う、、そう、海岸線大自然地帯の空気ってのがあって、、、山の美しい空気とは少し色が違うが、また、美しい海の、、特に干潟の空気があったのです。
あの、時代であっても、山に行けば、普段とは違う、マジ、美しく浮きを吸えた。 そして、かすかな記憶をたどると、、干潟のどでかい中にはいったとき、海の美しい空気ってのが、実際にあった。! そう、もう、今の日本では、どこにもないが、、どこに行っても、あの空気はすえないが、、、干潟には干潟の美しい山の空気とは違うが、でも、同じくらいに美しい干潟の空気があった。
時間が、かかるかもしれないが、、、それを、人類滅亡で実現するのではなく、、、人類の叡智の努力で、それを、取り戻したい。
これは メッセージ 7791 (design1collection3 さん)への返信です.
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