宗哲、運子の中道哲学。
投稿者: henntekoryuzaki13ryuzaki 投稿日時: 2008/10/24 20:40 投稿番号: [7552 / 8733]
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まあ、屁理屈ではないがな、、、、、・?、、、、何しろ、人体から、中道哲学を、考える事にっする。
目は、右と左で二つ。
手足も、左右、一つづずつ。
鼻の穴も二つ、、、耳も西と東で二つ。
脳も、右脳と左脳で、二つ有る。
肺も二つ。
人体ではないが、、夜と昼が有る。季節も、、大まかに見ると夏と冬だ。昼だけだったら、社会は困る。
夏だけでも、困る。
一つにまとめて、いつも、薄暗かったり、、年間全て春秋では、やっぱ、困る。
どちらもないと、完全ではない。
口は一つだ、、、これは、目で見たもの鼻で嚙んだもの、耳で聞いたものを、、、、歯は、右と左二つ有るといって良い、、なので、右の視点と左の視点でよく噛み砕いて、、一つの道筋の,食道から胃、そして、二回に分けて消化吸収排泄をする機関へと、流れていく。
口とは、、意思の実現化する、機関でもあって、、二枚舌は、悪い事であるので、、人は正直であることが、求められているといって良い。
それが、スタンダードの叡智かな。
中道とは、、右目と左目を、一緒にしてしまって、中性化することとは、全く違う。
中道とは、王道のことを古来から言っていて、、アルイミデハ、完成態の事を、言っている。
右手左手、、右脳左脳、、匂いであっても鼻の穴は右と左の二つだ。
それを、一つにまとめて、中性化することは、退化だ。
ウンコの中道哲学は、、中性化することを、ただの、退化であって、、進歩でもなく、調和でもないと、完全に見抜いている。
これは メッセージ 7548 (henntekoryuzaki13ryuzaki さん)への返信です.
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