俺の老孔思想、を、上げと缶とな
投稿者: henntekoryuzaki13ryuzaki 投稿日時: 2008/03/01 19:52 投稿番号: [6952 / 8733]
っ低羽化、、この野呂、、、このごろ、タオも読んでいないし、論語も大学も読んでいない。
劉邦は、、もともといい加減な奴で、、ただ、あれだけ人から好かれてのだから、かなり良い人で無欲っぽいところがあったはずだ。
秦の首都へ、奴隷を連れて行く役目をおおったので、劉邦はそれをしようとして奴隷と一緒に秦へ向かうが、、雨がひどくなって期日に間に合わなくなった、で、期日に間に合わないと役人は死刑になるので、、劉邦は町に帰る事も出来ず、そのまま山賊になってしまうが、、、奴隷のほとんどを、その場で解放するが、、その奴隷がほとんど劉邦の手下に自らなってしまうのだ。
明治維新においても、、、土佐の英雄竜馬には論語的な人格の武市半平太がいる。
長州でも多少タオ的な感じもある高杉晋作の横にはまじめで硬い孔子的な木戸が、配置されて生まれている。
薩摩でも、タオ的な感じがする西郷の横には大久保という論語的な性格の英雄が生まれている。
土佐では、タオと論語が一体化して仕事が出来なかったが、、まあ、長州と薩摩は、、タオ的な英雄と論語的な英雄が一緒に生まれ協力し合って仕事をしていた。
まあ、最後まで、協力し合えたら更に良かったが。
この文章に近い事を、昔書いたが、、この文章自体は初めて、今気が付いて書いた。
やっぱり、考えてみる事は、大切だな。
これは メッセージ 6782 (hatiwandiver81diver131 さん)への返信です.
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