>スイマセン、続きになります。
投稿者: jyeison2003 投稿日時: 2003/03/27 01:15 投稿番号: [690 / 8733]
>デモに参加するために来た人々に説明をするピースボートの方の
>「デモの無いところにデモを」という言葉、これは「まずデモありき」
>であってそれは違うのではないかと思ったこと、
・・・・・・とありますが、ピースボートのメッセージに関する
私の解釈は、ryouma_idさんとは多少異なります。
即ち、デモの無いところとは、いわゆる無関心を指しているのかと。
よって、デモありきとは象徴的な表現であって、
その意味するところは、関心を持つように、とのだと思います。
無論、こうしたメッセージに関する解釈というのは、
受け取る側がどういう立場の人かにもよるとは思うのですが、
こうしたメッセージ1つ1つを取ってみても、
マスコミの恣意性は組み込まれていると思うので、
そのままメッセージを受け取ると同時に、それとは異なる解釈もし、
そのうえで様々な人達と議論をする事により、
1人1人自分なりの見解を持っていくことが必要だと思います。
確かに、アナタのおっしゃるように、笑顔でお祭りのようにだとか、
単にノリで参加されている人も、なかにはいると思うんですね。
でも、私の周囲で知る限りは、そういう人間は少数派だと。
にもかかわらず、マスコミに取り上げられると、
いかにもそれが多数派であるように受け取られてしまう面も、
あると思うんですね。
よって、今回の戦争容認の人の中にも様々な見解があるように、
戦争反対の人にも様々な見解がある、というのが事実ではないでしょうか。
>私は物事は点で起るのではなく線によって起るものだと思っていますし、
>点、点での考え方は好きではありません。
私も全く同意見です。
ただ、点と点が線として機能していくためには、
そのベクトルを紡ぎ出す主体、
即ち、影響力の大きさというのが関係してくると思うんですね。
たとえ、その点が線を構成する要素の1つにすぎなかったとしても、
その1つの点が、これからの国際社会のあり方という線を形成する際、
絶対に繋がなければならない点の一つになりうるのだとしたら、
その点の意味を問うことは、私は決して無駄なことではないと考えます。
>支持率100%というような世論調査が公然と出される国に対し
>それが叶うとは思えず、ですから、「今」なのではと思うのです。
私は、こうしたイラク国内のフセインの支持率調査に関しても、
アラブ諸国を含めた国連監視団のもとで、
自由・秘密選挙が公正に行われるような体制づくりを、
まず国際社会が訴えかけていくべきであったと思うのです。
もし、そうした提案が受け入れられないのだとしたら、
その時にでも改めて国連軍出動の是非が安保理で
議論される余地があったでしょう。
こうした1つ1つの可能性も全て打ち消して、
強行に武力行使したブッシュ政権のやり方は、
やはり何があっても正当化できるものではない、と私は思います。
>今回の日本政府の姿勢に対して北朝鮮の脅威の下、
>米国に対し共にする姿勢は取らざるを得ない..という側面は
>やはりあると思います。これは日本が今日まで自国の自立した防衛
>というものを真剣に考えてこなかった結果です。
この点に関しては、最も意見の分かれる点だと思います。
戦争反対派の人のなかには、もしアメリカと手を切り、
北朝鮮が攻めてきたら、なすがままにされるのも仕方が無い、
と考えている人もいるようですが、
私はさすがに、そこまでは考えていないんですね。
無論、他国を侵略可能な程の軍事力は絶対持つべきではないと思います。
しかしながら、ここまで北朝鮮の軍事力が明らかになってきた今、
日本近海の領域制限を設けた上でのミサイル防衛のシステム配備は、
議論されても良いように思います。
そして、この議論をするならば、
同時に日米安保の廃棄も考えるのが筋であるように思います。
逆に、日米安保を尊重したいというのであれば、
これ以上の軍事力(自衛隊)の増強はする必要が無いと思います。
さらに、個人的には今回の戦争支持を表明した日本政府の対応には、
逃げるだけ逃げて最後で支持を表明というやり方は、
国民への説明責任を果たしているとは到底言えないと思いますが。
>「デモの無いところにデモを」という言葉、これは「まずデモありき」
>であってそれは違うのではないかと思ったこと、
・・・・・・とありますが、ピースボートのメッセージに関する
私の解釈は、ryouma_idさんとは多少異なります。
即ち、デモの無いところとは、いわゆる無関心を指しているのかと。
よって、デモありきとは象徴的な表現であって、
その意味するところは、関心を持つように、とのだと思います。
無論、こうしたメッセージに関する解釈というのは、
受け取る側がどういう立場の人かにもよるとは思うのですが、
こうしたメッセージ1つ1つを取ってみても、
マスコミの恣意性は組み込まれていると思うので、
そのままメッセージを受け取ると同時に、それとは異なる解釈もし、
そのうえで様々な人達と議論をする事により、
1人1人自分なりの見解を持っていくことが必要だと思います。
確かに、アナタのおっしゃるように、笑顔でお祭りのようにだとか、
単にノリで参加されている人も、なかにはいると思うんですね。
でも、私の周囲で知る限りは、そういう人間は少数派だと。
にもかかわらず、マスコミに取り上げられると、
いかにもそれが多数派であるように受け取られてしまう面も、
あると思うんですね。
よって、今回の戦争容認の人の中にも様々な見解があるように、
戦争反対の人にも様々な見解がある、というのが事実ではないでしょうか。
>私は物事は点で起るのではなく線によって起るものだと思っていますし、
>点、点での考え方は好きではありません。
私も全く同意見です。
ただ、点と点が線として機能していくためには、
そのベクトルを紡ぎ出す主体、
即ち、影響力の大きさというのが関係してくると思うんですね。
たとえ、その点が線を構成する要素の1つにすぎなかったとしても、
その1つの点が、これからの国際社会のあり方という線を形成する際、
絶対に繋がなければならない点の一つになりうるのだとしたら、
その点の意味を問うことは、私は決して無駄なことではないと考えます。
>支持率100%というような世論調査が公然と出される国に対し
>それが叶うとは思えず、ですから、「今」なのではと思うのです。
私は、こうしたイラク国内のフセインの支持率調査に関しても、
アラブ諸国を含めた国連監視団のもとで、
自由・秘密選挙が公正に行われるような体制づくりを、
まず国際社会が訴えかけていくべきであったと思うのです。
もし、そうした提案が受け入れられないのだとしたら、
その時にでも改めて国連軍出動の是非が安保理で
議論される余地があったでしょう。
こうした1つ1つの可能性も全て打ち消して、
強行に武力行使したブッシュ政権のやり方は、
やはり何があっても正当化できるものではない、と私は思います。
>今回の日本政府の姿勢に対して北朝鮮の脅威の下、
>米国に対し共にする姿勢は取らざるを得ない..という側面は
>やはりあると思います。これは日本が今日まで自国の自立した防衛
>というものを真剣に考えてこなかった結果です。
この点に関しては、最も意見の分かれる点だと思います。
戦争反対派の人のなかには、もしアメリカと手を切り、
北朝鮮が攻めてきたら、なすがままにされるのも仕方が無い、
と考えている人もいるようですが、
私はさすがに、そこまでは考えていないんですね。
無論、他国を侵略可能な程の軍事力は絶対持つべきではないと思います。
しかしながら、ここまで北朝鮮の軍事力が明らかになってきた今、
日本近海の領域制限を設けた上でのミサイル防衛のシステム配備は、
議論されても良いように思います。
そして、この議論をするならば、
同時に日米安保の廃棄も考えるのが筋であるように思います。
逆に、日米安保を尊重したいというのであれば、
これ以上の軍事力(自衛隊)の増強はする必要が無いと思います。
さらに、個人的には今回の戦争支持を表明した日本政府の対応には、
逃げるだけ逃げて最後で支持を表明というやり方は、
国民への説明責任を果たしているとは到底言えないと思いますが。
これは メッセージ 638 (ryouma_id さん)への返信です.
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