宗教哲学って言葉自体が私の造語。
投稿者: designcollection11317 投稿日時: 2007/12/01 21:20 投稿番号: [6591 / 8733]
宗教哲学って、子柱が、ここの中心ではあるが、、、まあ、世界平和を願うトビ、、ってネームは、裾野が広いって事で、許して、ちょんまげ。
で、、、宗教哲学というのは、確実に、私の造語です。
宗教と哲学ではないのです。
ワンスアポンナタイムアゴウ、井上揚水奥田民雄」って、バンド?、、いや、ユニットがあって、、ありがとう、とかの歌を歌っていたが、、、、彼らは、この名前を、井上揚水と奥田民雄、、では無く、、一つのまとまったネームとして、、そう、一つの単語としての名前ですと、コメントしていた。
であるので、、宗教哲学とは、、宗教と哲学ではなく、、一つの単語として、「宗教哲学」として、認識している。
む、むむ、、今日も、キザナセリフが、ビタビタ、決まって、いとおかし。
この、イトオカシ、、って言葉は、とてもおもむきが深い、、って意味です。
この古代においての、「イトオカシ」とは、、ただ、とても、おもしろい、、ではなく、、そうですね、外人に説明するならば、「とても、興味深くてイントラステングです、、とか、、特に興味深い、とか、、まあ、そんな感じかな、、外国語には、訳せないけど
。
これは メッセージ 6585 (designcollection11317 さん)への返信です.
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