教育,の本質は性善説にあり。
投稿者: uncotoshonben131313 投稿日時: 2007/10/31 22:48 投稿番号: [6415 / 8733]
教育の本質は、性善説のポジションでなければならない。
性善説を基にしているから、生徒が、間違いを犯したときにしかる価値があるのだ。
教育者は、こいつはどうしようもなくバカで汚くてショウもない人だけど、、本質において、素晴らしい善性があると、信じて信じて信じきっているからこそ、しからなければならない。
これはもう、拝みだおしに近いものだ。
教育の本質は、性善説と、唯心論において構築しなければならない。
たとえば、、あのいまわしい、人種差別で残酷な酷なユダヤ人であっても、本質は、全であると認めて、戦う、、私のように。
ふ、、きざなせりふが、決まってしまったかな。
お前は、悪い奴だからしかる、、それと、本来は良い人であるのに悪いことをしたからしかるでは、、まったく、その後の生徒への影響力は違う。
その生徒が、自己の本質が、善であると気がつていなかったとしても、、必死にしかりながら、自己の善性を、掘り起こすのが、教育の本質です。
教育の可能性を認めない人は、、小さなどんぐりは、大木になれないと決め付けている人たちであり、、科学的ではありません。
まあ、教育の子柱を、上げときたい、から書いたまでです。
これは メッセージ 6084 (nate35river15 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a1yc0a43a6jbfoba4r4ja4a6a5ha5ta1y_1/6415.html