武士道を適当に.新渡戸稲造が何故ダメか描
投稿者: nate35river15 投稿日時: 2007/03/21 20:04 投稿番号: [5922 / 8733]
まあですね、、兄白人が植民地主義を、わいわいやっていた時代ですから、、日本の知識人は、鹿鳴館なとをつくって、白人に媚びながらも、日本や、白人から見て野蛮な国家では無いと、思われる必用が有ったのです。
まあ、実際は、どちらが野蛮かと言えば、
アジア人を、犬猫以下、家畜同様に、扱いかっていて、、、中には民族浄化見たいな、絶滅に近い状態に去れた、南米のとある地もあったのですから、
日本人の知識人は、こびる精神までも持っていてのショウガナイか、、。
ただ、武士どうを、あのような形で紹介するのは遺憾。
特に日本人も読む事になっているから、。
稲造の武士道は、
如何に、日本の武士道は、キリスト教白人の文化と一体化しているような文化武士道であるかを説明したレベルである。
まあ、白人のキリスト教の文化の良い点に、如何に武士道が重なりあっているかを説明していているようであり、読んでいて何の感銘も受けないし、、やや自虐の様にも思えてしまう。
白人文化と武士道を並べて日本の武士道を描くべきでは無い。
もしも、比べて、描くならば、、、、大東亜戦争期には以下のような実話が有るが、、ヨーロッパでは見られないとか、、。
白人のキリスト教文化は、未開の知に知識を与えるかも、とかの屁理屈を言ったが、実際はどうだったか、とか、、、、ソシテ武士は海外へ行った時、どのような行いをシタとか、、、。
如何に武士道が、優れていて美しい哲学で有り強い善人を造りあげて来たかを、相対評価で説明するべきです。
そのような武士道論ならば、今からでも、多少の武士的な人間が出て来る可能性は有るが、、(まあ、白人と武士道を比べて書く必用は全く無いですが、、)、稲造の精神のポジションの書き方では、武士の再生には役立たない。
文脈は、滅茶苦茶でも、私の武士道論の方が、増しですね。
これは メッセージ 5916 (nate35river15 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a1yc0a43a6jbfoba4r4ja4a6a5ha5ta1y_1/5922.html