あの世の論理はこの世の為に有る
投稿者: tadasiiunnkonodasikatanituite 投稿日時: 2005/11/01 21:14 投稿番号: [4587 / 8733]
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本当の.神への信仰を持ったら、救われるというのは、道徳家の立場からでも合っても、社会の道徳感を高めれるという事を重要視した考えで、宗教も利用価値がアルという事だ。
アミダ信仰とキリスト教会は.似ている所が有る。
例えば、物凄く悪い事をした人がイルとしよう、自分でも自分が悪い事をシツズケて来たと気付いたが、もう、絶対.俺は救われないだろうって思っている時に、(敢然に、自分を、悪人から、自己を洗う事が出来ないと自覚してるのだ)「貴方は救われる」と言われたら、ワラを掴む思いだ。
そこで.改心が出来るという訳だ。
しかしな〜、たぶん、本当にアミダを信じ切らないと、救われないのだ。
手塚オサムの、「ブッタ」の.アナンダの人生を参考にね。
本当に.アミダを信じきっていたら、今後.悪い事をし無いから、救われて行く事が.認識の深い親鸞は解っていたから言ってしまったのだろう。
しかし.誤解を生じる危険性が有るのだ。悪人ショウキ説は。
親鸞の悪人を救いたいという考え、悪人をも信仰に目覚めさせたいというのは、魂を先ず救い.という親鸞の感情から.言ってしまった事であって、
そこから先は.悪人が本当にアミダを信じているのかと言う事を、時間軸で試される事を言っていたいから、正しい仏教から批判が有るのだ。
イエスは、(牧師はよく言うよね、イエスを信じれば救われるって)、ブラジルの銅像の様に.大きな手を広げて、「私は救う」と先ず言う、(悪人は、えっ俺でも救われるのか!、それならばイエスを信仰したい、って、心が動いて、悪い事を止める)、「ならば.私を信じろ」、このような、方法を使っている。
しかし、時間軸は短く無い。
気合いが本当だったかは.その後の人生で,判断される。
イエスを裏切った.弟子達は,イエスの死後は.本当の信仰を持った人生である事を証明する事がデキタのは.命を惜しまずイエスを信じていた事を人生で証明したのです。
まあね〜、俺は殺されるのが好きじゃ無いから、孔子の弟子に成りたいよ。
ただ、霊的な事を言っている人は、途中で可笑しく成ってしまって、伝統を破壊するような事を言ったり、そのような事を言わなくても団体の教祖に成ってしまう人が多くて、、、心配と警戒心を持っています。
これは メッセージ 4574 (tadasiiunnkonodasikatanituite さん)への返信です.
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