作法だけの.親米のポーズは.あり得る事だ。
投稿者: fundosinonioi666564 投稿日時: 2005/02/24 20:46 投稿番号: [3526 / 8733]
日本人のマトモな国民感情のポジションとしては、大東亜戦争を経由した以上は、「作法としての反米」は、あり得るものである。
小林好則と西部の対話本の傑作、「反米という作法」を読めば.当り前だね。
しかし、皇太子殿下は、アメリカ人のドロシーとかいう、詩人の詩を選んで、国民に紹介した。
まあ、偶然と言う形であり、アメリカの詩人を選んだ訳では無く、ドロシーの詩を選んで、その人がアメリカ人.だっただけと言う事だ。
しかし、思慮深い皇太子殿下が、ドロシーが、何処の国家の人であるかを、思慮に入れて.選ばないはずが無い。
もちろん、「詩」の内容が、優先順位の一番ですが、、、。
皇太子殿下が、作法としての反米を、口に出すはずも無いし、それでヨイと思うがね。
現段階の国際情勢を、日本の立場から言えば、作法だけですの親米.は、リーダーは、モッテもかまわん。
しかし、マスコミと世論と民衆は、親米を持つべきでは無く、「反米と言う作法」こそが、国益と、正しい歴史観であろう。
国民に反米の歴史的、京都議定書無視や、軍産複合体の存在や、外資が日本の主要な土地を買い占めだした事や、外資の日本銀行の株買い取り問題や、外資の日本企業の株を保有する愚行や、その他諸々のアメリカの自分勝手に対して、日本人は「反米の心を、持つべきだ」。
それなのに、リーダーは、現時点において、作法だけであっての.親米、は、多少は、しょうがない。
しかし、りーだーこそ、実質的法案や政策や戦術は、アメリカを一番警戒して、アメリカに支配されない様に強く工夫をしなくてはイケナイと思う。
いつか、必ず、日本は、アメリカを抜いてやる!
そう思って.戦術を錬るのだ。
これは メッセージ 1 (marimari20026 さん)への返信です.
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